今日の「お気に入り」。
「 兄は 、クリスマス・イブには 、あのすばらしい若馬にそりを
引かせて 、みんなを教会へ連れていくと約束した 。
私たちは馬が怖くて 、兄が帰ってくるまでは手が出せないで
いたのだ 。そしてクリスマス・イブの午後 、兄は馬に蹄鉄を
つける 。片足ずつ 、ひずめを持ちあげてやすりをかけ 、真っ
赤な蹄鉄を金床の上で叩いて形を整える 。
しばらくして 、その蹄鉄をたらいの水のなかに入れると 、
シューッという音とともに白い湯気が立つ 。父は逆さにひっ
くり返したバケツの上に坐り 、そばでやり方を教えている 。
私たちは文句を言ったりするのに 、兄はすべて父に言われた
とおりにやる 。
その晩 、干草や大量の衣類にくるまり 、足元には温めた
石を置いて 、私たちは出発する 。両親とケネスは家に残る
が 、あとは全員出かける 。出発する前に 、牛と羊に餌を
やり 、豚にも食べたいだけ食べさせる 。そうしておけば 、
彼らも満ち足りた気分でクリスマス・イブを過ごせるだろ
う 。両親が戸口から手を振る 。私たちは山道を六キロほど
進む 。そこは木材の切り出し用の小道で 、車などほかの
乗り物は通らない 。 」
「 村の教会に着くと 、木立ちのなかに馬をつなぐ 。そこなら 、
道から木でさえぎられているから 、馬がたくさんの車にお
びえることもない 。私たちは馬に毛布をかけ 、燕麦 ( えん
ばく ) を与える 。教会の入り口で 、近所の人たちが兄と握
手をする 。『 やあ 、ニール 。お父さんはどうしてるかね? 』
『 ああ 』と兄は言う 。『 ああ 』としか言わない 。
夜の教会は 、枝をあしらった花づな飾りや炎の揺れるろう
そくの光で美しい 。聖歌隊席から楽しげなざわめきが羽音の
ように聞こえてくる 。礼拝のあいだじゅう 、私たちは催眠術
をかけられたようにうっとりしている 。
帰り道 、石はもう冷たくなっているけれど 、私たちはまだ
幸せな気分で身も心も暖かい 。革の引き具がギーギー鳴る音
や 、そりの滑走部が雪の上を滑る音に耳を傾け 、クリスマス
のプレゼントは何かなと考えはじめる 。
家まであと一キロほどのところで 、馬はどこをめざしている
かを知って急に足を速め 、そのあと 、ゆったりと自信たっぷ
りの駆け足になる 。兄は馬の走るままにまかせ 、まるでクリ
スマス・カードから抜け出した絵のように 、
私たちは冬景色を横切る 。馬のひづめから舞いあがる雪が 、
みんなの頭のまわりに白い星のように落ちてくる。 」
( アリステア・マクラウド著・中野恵津子訳 「冬の犬」
新潮社刊 所収 )
上に引用したのは短編小説” To Every Thing There Is a Season ”
(1977)の一節。
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