「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

夏の終わり 2018・12・07

2018-12-07 05:15:00 | Weblog
    


                           



     今日の「お気に入り」。


    「 われわれの息子たちは大学へ行って、歯科医や弁護士になり、三十になる前に高い報酬を得るようになる

     だろう。背丈は百八十センチを越え、他人の口のなかで一応やれることはやろうとぽっちゃりした指を動か

     しているといった男になるだろう。あるいは、机の前に坐って、離婚や窃盗や暴行や殺人などに関する書類

     をめくっている男に。他人の痛みや悲しみ、人生を失敗した人々の孤独感によって成功する男に。彼らは肉

     体を使う生活とはほど遠いところにいる。体を動かしたいと思えば、ジョギングやゴルフをしたり、仲のい

     い同僚とハンドボールの試合を楽しむ。汗を流す楽しみのために高い金を払って会員専用のクラブに入り、

     愛する者たちから何千キロも離れた土地で落石や流水のために死ぬこともない。彼らは決してそんなふうに

     は死なない。なぜなら、われわれが彼らにそうしてはいけないと言い、もっと穏やかに死ねるような人生を

     送るように奨励しているからだ。少なくとも、それが一つの理由だ。そしてどうやら、息子たちは親の人生

     にならうのではなく、親の忠告に従うらしい。だから、われわれは将来、苦悩に満ちた孤独感と、子供と死

     に別れたような皮肉な気持ちを募らせることになるだろう。親が子供に忠告を与え、子供がそれに従うとき

     には、そういうものなのかもしれない。そして親は、子供が自分の忠告に従えば、必然的に自分のもとを去

     り、残って待つ身にとっては理解しがたい世界へ旅立つものだということに気がつく。しかし旅立った者も、

     新しい土地で言葉にならない別の孤独感を見出すのかもしれない。歯医者は回転椅子に坐りながら何とも言

     いがたい苦痛を感じ、言葉の世界に住む弁護士は、職業的会話のなかに人間らしい関係を見出せず、ほんと

     うの気持ちを表現したいと思ってもそれができないのかもしれない。彼もまた、心のなかで、ゲール語の歌

     に似た自分だけの歌を歌っているのかもしれない。誰にも真意の届かない、古い言語で個人的な歌を歌って

     いるのかもしれない。そして弁護士にしろ歯医者にしろ、われわれと同じように、彼らなりの深く暗いアフ

     リカへ入っていくのかもしれない。それは私には決してわからないことであり、漠然と想像するしかない。 」
   

      ( アリステア・マクラウド著 中野恵津子訳 「灰色の輝ける贈り物」 新潮社刊 所収 )



                   


     上に引用したのは短編小説” The Closing Down of Summer ” (1976) の一節。

                   



                    


           

        


#アリステア・マクラウド # 中野恵津子訳  #灰色の輝ける贈り物 #新潮社
#AlistairMacLeod #TheClosingDownofSummer 


                        
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