今日の「 お気に入り 」は 、今 読み進めている
本の中から 、備忘のため 、抜き書きした 文章 。
作家は 、主人公 原田甲斐宗輔 の口をかりて 、
あくことなき 権力の貪婪さ を 、ずばり 、直截
に表現している 。
権力は 、自己膨張的なもの 、組織で言えば 、
構成員個々人の自己保身本能 、自己拡大本能
の 総和 でもあるか 、国 であれ 、会社 であれ 、
いかなる形の 組織 でも 。
引用はじめ 。
《 主人公 原田甲斐宗輔 と 里見十左衛門 ・ 茂庭主水 との会話 》
「『 権力は貪婪(どんらん)なものだ 』と甲
斐は答えた 、『 必要があればもとより 、
たとえ必要がなくとも 、手に入れることが
できると思えば容赦なく手に入れる 、権力
はどんなに肥え太っても 、決して飽きると
いうことはない 、慶長以来 、幕府がどう
いうふうに大名を取潰して来たか 、いかに
無条理で容赦がなかったか 、ということを
考えてみるがいい 、―― こんどの場合も 、
酒井侯ひとりの思案ではなく 、首謀者はお
そらく伊豆守信綱と思われる 、酒井侯は亡
き伊豆守の遺志を継いだものであろうし 、
ここでもし伊達家改易に成功すれば 、加賀 、
薩摩にも手を付ける事に違いない 、少なく
とも 、二大雄藩の頭を押えるだけの収穫は
充分にある 、そう思わないか 』
主水は頭を垂れた 。
『 それは 、―― 』十左衛門は唾をのみ 、
見えない眼で甲斐をさぐり見ながら訊いた 、
『 それは 、原田どのが推察されたという
ことでしょうな 』
『 私は事実から眼をそむけないだけだ 』
『 しかしそれが単なる推察でないとしたら 、
どうして早くその事実を告発しなかったの
ですか 、もっと早くそれを告発していたら 、
これまでに払われた多くの犠牲は避けられ
たでしょう 、七十郎とその一族の無残な
最期も 、避けられたのではありませんか 』
『 そうかもしれない 、だがそれなら 、ど
こへどう告発したらいいか 』甲斐は囁くよ
うな声で叫んだ 、『 どこへだ 、十左衛門 、
どこの誰へ告発したらいいのだ 』
これまでに甲斐が 、そんな声でものを云っ
たことは 、いちどもなかった 。十左衛門は
ながいあいだ親しく甲斐に接して来たが 、
そのようにするどい 、そして悲痛な響きの
こもった声を聞くのは初めてであった 。杖
を持った手をふるわせながら 、細い首の折
れるほど 、十左衛門は低く頭を垂れた 。
『 それは逃れることのできないものですか 』
と主水が初めて口をきった 、『 なにか逃れ
る方法はないのですか 』
『 一つだけある 』
『 うかがわせて下さい 』
『 耐え忍び 、耐えぬくことだ 』
『 なにを 、どう耐えぬくのです 』
『 一ノ関の手をだ 』 」
( ´_ゝ`)
「『 ―― 意地や面目を立てとおすことはい
さましい 、人の眼にも壮烈にみえるだろ
う 、しかし 、侍の本分というものは堪忍
や辛抱の中にある 、生きられる限り生き
て御奉公をすることだ 、これは侍に限ら
ない 、およそ人間の生きかたとはそうい
うものだ 、いつの世でも 、しんじつ国
家を支え護立(もりた)てているのは 、こ
ういう堪忍や辛抱 、―― 人の目につかず
名もあらわれないところに働いている力な
のだ 』」
( ´_ゝ`)
「『 どうなるのだ 、周防 』と甲斐は口の中で呼
びかけた 、『 ―― どうなるのだ 、これから
どうなってゆくのだ 、周防 、おれは続かない 、
おれはもう挫(くじ)けてしまいそうだ 』
おれは独りだ 。頼る者もなし 、相談する者も
いない 。いまでは涌谷までが重荷になろうとし
ている 、周防 、おれをこんな事に巻きこんだ
のはおまえだ 、そして自分は先に死んでしまっ
た 。涌谷とおまえとおれと 、三人で力を合わ
せてやる筈だった 。それがいまはおれ一人だ 。
『 云ってくれ周防 』と甲斐は口の中でまた呼
びかけた 、『 どうなるのだ 、これからどう
なってゆくのだ 』
甲斐はじっと耳をすました 。まるで周防の答
えを聞こうとするかのように 、―― 甲斐は自
分が虚脱していることを知った 。なにかたしか
なもの 、自分を支えてくれる柱のようなものを
欲しいと思った 。―― けんめいに追いかけて
いたものが 、追いつけないとわかったときのよ
うな絶望と 、反対に自分が追われていて 、つ
いに追いつかれそうになったときのような恐怖
とが 、前後から同時に緊めつけてくる 。その
圧迫する力の強大さと 、避けることができない
という事実の下で 、甲斐はわれ知らず呻き声を
あげた 。
そのときまた 、あのほのかな匂いが 、ふんわ
りと甲斐を包んだ 。それは過去から呼びかける
声のような 、極めて淡く 、ほのかな 、殆んど
現実のものではないような匂いであったが 、甲
斐にはそれがなんであるか 、ようやくわかった
というようすで 、静かに背をまっすぐにした 。
『 宇乃か 』と甲斐が云った 。
『 はい 』宇乃の答える声がした 。
甲斐はそちらへ振返った 。闇の中にぼうと白く 、
宇乃の単衣がにじんでみえた 。 」
( ´_ゝ`)
( 山本周五郎著 「 樅ノ木は残った 」( 全巻パック ) 英高堂出版 刊 所収 )
引用おわり 。
現代の世界を見るような物語 。
学びの多い「 上質な空想娯楽小説 」だと思う 。
「 面白いものは面白いし 、つまらないものは つまらない 」、
純文学 であれ 、大衆小説 であれ 、なんであれ 。