「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

食う寝る遊ぶ Long Good-bye 2025・01・05

2025-01-05 06:05:00 | Weblog

 

   今日の「 お気に入り 」は 、作家の村上春樹さんが 、

 1994年か1995年頃に書かれたエッセー「 うず

 まき猫のみつけかた 」( 新潮文庫 )の中の数節 。

  引用はじめ 。

 「 国が広いこともあって 、アメリカでは通信販売
  が盛んだけれど 、これは一度慣れるとなかなか便
  利で楽しいものである 。」

 「 雑誌『 ニューヨーカー 』の広告で見かけて注文
  した猫の腕時計 。文字盤の数字の代わりに『 食
  う 』『 寝る 』『 遊ぶ 』という三つの言葉が繰
  り返しでてくる 。考えてみれば井上陽水のあの昔
  のコマーシャルとまったく同じである 。値段は六
  十ドル前後だったと思う 。もう二年以上使ってい
  るけれど 、時間はきわめて正確 。余計な機能が
  まったくついていないのでとても使いやすい 。気
  に入ったので 、いつか誰かにプレゼントしようと
  思って二個も買ってしまった 。この時計をはめて
  街を歩いていると 、必ず誰かが目にとめて『 お
  お 、面白い時計してるね 』と声をかけてくる 。
  ( アメリカ人というのはほんとうにこまめに声を
  かけてくる )そしてみんな『 そうだな 、イート 、
  ナップ 、プレイ 、そういうのが人生だよな ・・・』
  と溜息(ためいき)まじりに言う 。そういう思いは
  世界どこでもだいたい同じらしく 、あのセフィー
  ロのコマーシャルはひょっとしたらアメリカでもけ
  っこう受けたかもしれないですね 。」

 「 僕は主義として( というか要するにケチなだけみ
  たいだが )一万円以上の値段の時計はまず買わな
  いのだけれど 、そのかわりに安い時計をいっぱい
  持っている 。おかげで夏時間と冬時間の切り替え
  のときにはいちいち進めたり遅らせたりものすごく
  面倒なことになるわけだが 、でも引き出しにいっ
  ぱい腕時計を放り込んでおいて 、その日の気分で
  時計を取り替えるのはなかなかいいものである 。
  時計なんてとにかく時間が合えばそれでいいんだと
  思っているから 、たかが腕時計に二十万も三十万
  も出す人の気持が僕にはよくわからない 。
   一度四〇〇〇円くらいで買った『 猫のフェリック
  ス 』時計がとても気に入ったのだけれど 、ついて
  いたベルトが今ひとつだったので 、五〇〇〇円く
  らいする皮のベルトに付け替えてもらったことがあ
  る 。あれは今にして思えば 、気分的には僕のこれ
  までの人生の中でも一二を争う贅沢な振る舞いだっ
  た 。たとえて言うならば 、ミネラルウォーターを
  使って歯を磨くような感じですね 。まあたいした
  ことじゃないって言えば 、たいしたことじゃない
  んだけど 、でもそれなりの決断というものがそ
  こには必要とされる 。」

  引用おわり 。

  筆者が読んでいる電子書籍には 、「 猫の腕時計 」の

 写真が載っているので 、実物をイメージできるが 、

 文章の説明だけではなかなか「 猫の腕時計 」をイメージ

 することが難しい 。

  普通の時計の文字盤の1から12までのところに、数字の

 代わりに 、EAT とか NAP とか PLAY とか  、適当な順番で

 書いてあるらしい ユニークな腕時計 。数字の1の代わりに

 EAT と書いてあっても 、時計の長針と短針が指し示す方向

 や針の位置で 、腕時計の持ち主には 今が何時何分かは大体

 わかるのである 。

 大体でいいのだ 、時間なんてものは 。「 食う 」「 寝る 」

 だけで「 遊ぶ 」時間が少ないと 、人生は随分と退屈なも

 のになるかも知れない 。

  腕時計というものをしなくなって久しい 。 

 

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