「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

小さいけれども確かな幸福 Long Good-bye 2025・01・08

2025-01-08 06:15:00 | Weblog

 

   今日の「 お気に入り 」は 、作家の村上春樹さんが 、

 1994年か1995年頃に書かれたエッセー「 うず

 まき猫のみつけかた 」( 新潮文庫 )の中の数節 。

  引用はじめ 。

 「 一九九一年にアメリカに来たときに 、家の近所の
  中古レコード屋でマット・デニスの『 プレイズ・
  アンド・シングズ 』のオリジナルのトレンド盤を
  三十四ドルで売っているのを見つけた 。僕はこの
  レコードが昔から大好きで 、KAPP盤と日本発
  売のデッカMCA盤とCDと三種類持っているのだ
  が( かなり物好きだ )、トレンド盤はもともとの
  根っこのオリジナルであってモノとしてはちょっと
  珍しい 。でも『 三十四ドルというのはちょっと高
  いよな 。だいたいもう同じものを三枚も持ってい
  るわけだし 』と 、三カ月近くも悩んでいた 。も
  ちろん三十四ドルのお金がないわけではないし 、
  そして日本でこのレコードを買おうとすればそれど
  ころじゃとてもすまないことはよくわかっていても 、
  僕の感覚からすれば ―― あるいは現地感覚からす
  れば ―― 三十四ドルという値段はいささか高い 。
  古いレコード集めは僕の趣味であって 、趣味という
  のは自分でルールを作るゲームみたいなものである
  お金さえ出せば何でもそろうというのでは 、これは
  面白くもなんともない 。だからたとえ相場より安い
  ですよと他人に言われても 、自分が『 これはいさ
  さか値付けが高い 』と思えば 、それはやはり高い
  のである 。だから深く悩んだ末に結局買わなかっ
  た 。
   とはいうものの 、ある日そのレコードが売れて 、
  レコード棚から姿を消してしまっているのを発見し
  たときにはさすがに寂しかった 。まるで長いあいだ
  憧れていた女性が 、どこかのろくでもない男と突然
  ひょいと結婚してしまったような気分だった 。
  『 ああ 、やっぱりあのとき思い切って買っておく
  のだったな 。これから先もう見かけることもないか
  もしれないし 』と後悔もした 。結局のところそれ
  ほどの金額のものでもなかったんだから 。ただ単な
  る僕の個人的な基本方針の問題だったんだから 。
   しかしながら人生というのはそれほど悪くしたもの
  でもない 。その三年後に僕は 、ボストンのとある
  中古店で同じレコードをなんと二ドル九十九セント
  で見つけたのである 。盤質はまあぴかぴかの『 新
  品同様 』とはいかなかったけれど 、でもそんなに
  悪くない 。これを手にしたときはほんとうに嬉しか
  ったですね 。手が震えるというほどではないけれ
  ど 、思わずにこにこしてしまった 。じっと我慢し
  て待ったかいがあった 。
   結局ケチなんじゃないかと言われそうだけれど 、
  決してそういうのではない 。生活の中に個人的な
  『 小確幸 』( 小さいけれども 、確かな幸福 )
  を見出すためには 、多かれ少なかれ自己規制みた
  いなものが必要とされる 。たとえば我慢して激し
  く運動した後に飲むきりきりに冷えたビールみたい
  なもので 、『 うーん 、そうだ 、これだ 』と 、
  一人で目を閉じて思わずつぶやいてしまうような感
  興 、それがなんといっても『 小確幸 』の醍醐味
  ある 。そしてそういった『 小確幸 』のない人生な
  んて 、かすかすの砂漠のようなものにすぎないと僕
  は思うのだけれど 。」

  引用おわり 。

  「 猫の腕時計 」同様 、買物の話 。村上春樹さんも団塊

 世代なんだなあ 、とつくづく思う 。

 

コメント
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