新世代ロケットH3の試験打ち上げが発射直前に中止された事に関する記者会見での発言について、通信社の記者がした質問に批判が相次いでいる。
JAXAの人は失敗ではなく中止だ、と主張したが、記者は質問の最後に、そうですかわかりました、それは一般に失敗と言います・、と発言して質問を締めくくった。
通信社は速報で「失敗」と報じていた。
ただし、後になって記者会見の様子を報じた記事では、JAXAの人の「失敗ではない」という主張も報じている。
質問をした記者は、JAXAがこれを失敗と呼称しないことに違和感を抱いていたようだ。しかし、質問の最後に「それはふつう失敗と言います。」と断じたことで、一部の人の反感を買ったようだ。
ネットの人たちはこういうことにとても厳しい。
ツイッターでは賛否両論というよりは、ほとんど「否」の発言で埋め尽くされていた。
ざっと見たところでは、わずかに「報道機関は批判も仕事だから」という冷静な発言、「発射しなかったのだから発射の失敗だろう」という韓国の方の発言が目についた。
失敗の定義について、フローチャートを掲げて説明している方もいたが、日常使う言葉でも、業界では一定の決まった意味合いで用いられる、ということはしばしば見られる。
おなじ税金がかからない取引でも、非課税取引か不課税か、免税かという言葉によって、その意味合いは少しずつ違う。専門家がこれは不課税取引と言います、と言ったとき、いやそれはふつう非課税と言いますよねなどと返されたら、話がすれ違った状態になる。
そこで専門家が、いやだから・と頑張るか、まあ似たようなもんか、と収めるのかは、思案のしどころかとは思う。
天気予報でも、晴れ時々曇、所によってにわか雨、など、よく聞き慣れた言葉だが、実はそれぞれの言葉にきちっとした意味がある。
ただ、今回の記者はJAXAの人達が自らの非を認めようとしない、というとらえ方をしていた節がある。撤退ではなく転進と呼ぶように、失敗を中止と呼んでいるのではないかと。
ということは、やはり失敗という言葉をかなりネガティブな、忌むべき言葉というとらえ方をしているのだろうな。悪い言葉だから避けていると。潔くないと。
悪い言葉と言われれば、それはそうかもしれない。上で発射の失敗だ、と発言した韓国の方も、ポジティブな意味では言っていないのだろう。記者の方の視点も同じだろう。
まいどおなじみドラマ「ザ・ホワイトハウス」のエピソードで、火星探索船の活躍を大統領とゲストの子供たちが一緒に見守る、というイベント(テレビ番組)を企画する、という話があった。
ところが、イベントの直前になって突然、火星探索船の通信が途絶えて(失敗して)しまう。
イベントを中止するか、という大統領に対し、スタッフはいやむしろ、どんな偉い人でも時には失敗することもあるんだ、と子供たちに伝えるべきだと進言します。
I think you should say to these kids you think you get it wrong
sometimes, you should come down here and see how the big boys do it.
I think you should tell them you haven't given up hope, and that it may
turn up...
sometimes, you should come down here and see how the big boys do it.
I think you should tell them you haven't given up hope, and that it may
turn up...
失敗を恐れて、一歩を踏み出すことができずにいる子供たちに、怖がらないで挑戦すべきだと。
これ(通信途絶に伴う失敗)は、子供たちにそれを教える良い機会だと。
・・・そんなことを書いているうちに、今回の話も、それを失敗と呼ぼうが何だろうが、どうでも良いように思えてきました。
”煙草臭き 国語教師が言う時に 明日という字はもっとも悲し”
なんとなく、寺山修司の短歌が心に浮かんできました。