(写真はイランのベヒストゥン。
砂地の山道をかなり歩いていく。すると所々、写真のような空間が現れる。写真一枚目も住居跡とのこと。
家族は何日間か、ここの有名遺跡の写真を撮ったりいろいろして、仕事をしていた。
わたしはこの土地も二年続けで複数回きているので、夫から離れて冒険。
写真の老人は、この土地の人。ガイド役を務めて下さった。
イラン人大学生二人とわたしの三人は 親切な老人二連れられて、ここの土地の小さな遺跡を案内していただいた。
いっしょに連れ立った大学生の一人に、茶色の可愛らしいショルダーバックを頂いた。
「プレゼント フォー ユー^^」
イラン人男性は若くても小粋である。
息子にもこういった子じゃれた行為を、少しは見習わせたい!)
記録だけ
2009年度 29冊目
『差別の民俗学』
赤松 啓介 著
2005年7月10日第1版
2006年8月25日第4版
株 筑摩書房
筑摩学芸文庫
241ページ 1000円+ 税
本日『差別の民俗学』を楽しむ。
赤松啓介 著の 『夜這いの民俗学 夜這いの性愛論』についで二冊目。
この本は考えさせられる部分も多く、興味を持って一気に楽しめた。
『スジ』という点を詳しく説明。
職業なども、今まだ考えも及ばなかった業種まで並べられていた。
その中に、油屋があった。
わたしはかねがね、歌舞伎の『女殺油地獄』に出てくる茶屋で 女が着物を縫う場面に疑問を抱いていた。
茶屋で男女は何処までいきかけたか・・・である。
殺しの前の、油屋において、
「なんぼ、主人に疑われたことか・・・。はよ、いんで(行って)下さい。」
という女の台詞や、
「いっそ関係を持って、金を貸して下さい。」
といった男が女に言い寄る場面から、二人は潔白であったことはわかる。
が、茶屋での子が赤子をあやす場面や
「いっそ関係を持って、金を貸して下さい。」
の台詞の後の、女が一瞬神をなでつける仕草にて、赤松啓介氏が書かれた内容が昔から合ったことが理解できる。
夜這いが日常化していた日本。
茶屋、油屋、その他条件が整ったところに、夫が戻ってきたと言うことであった。
なるほど・・・深い。
殺しにまで発展したのは五月五日の女の家。また、金。加えて、いろいろな感情的条件がととなっていたのだ。
ちなみに、夜這いが日常化していた日本の習慣を禁止した日本政府の思惑は、性をケガレとし、また性を商業科させ、税を集めようとした点にあるとのこと。
考えもしなかった大峰山の行の後も、いろいろな試みがあったとのこと・・・。
山伏のことなども書かれていた。
そう考えると、もしかしたら役行者なども・・・。
少々わらけて来るではないか・・・。
『釣り合わぬは不縁の因』として、『白滝姫』『鶴女房』『魚女房』『信田の森の葛の葉』『狐女房』『三輪山神話』『もぐらの嫁探し』などあげられていた。
こういった『鶴女房』などの内容は 以前ざっと目を通しただけだが、折口信夫氏も書かれている。
「村落社会の民俗と差別 3 調査の階属性」 (P.118~)の柳田國男氏における問題点を、『夜這いの民俗学 夜這いの性愛論』の時よりも寄り具体的に記述されていて、イメージがつかみやすい。
内容から言っても、五穀豊穣と子孫繁栄を兼ね合わせていると思うのは、私だけであろうか・・・。
となれば、問答、五穀豊穣、子孫繁栄から考えて、これは二人だけの問題ではなく、神に言い聞かせていると考えられるのではないだろうかと感じる。
また柿の木は果実(実もの)と言うだけではなく、『柿』の文字の「木偏」を「女偏」に変化させると、『姉』という字となる。
本書に書かれた『柿の木問答』の台詞を変え、『姉の気問答』とすると話が通じると思えるのは私だけか・・・。
全体を通して、未知の世界が具体的に書かれ、興味深く一気に読むことのできる秀作といえる。