カフカ『腹をくくること』 『カフカ小説全集4 変身』池内紀訳 白水社
みじめな状態から抜け出るには、原さえくくれば簡単だ。勢いよくやおら椅子から立ち上がり、机を廻り、頭と首をくねくねさせ、目を光らせ、かつは目の周りのきんにくをゆるめる。いかなる感情も抑えつけ、Aが来るとなれば熱烈に迎え、Bはやさ敷く部屋でもてなし、Cの口から洩れることは、苦悩や辛さを我慢して、ゆっくりと腹に飲み込む。
たとへそうなるとしても、根抜かりというものがあるもので、途端に、たやすいことも、厄介なことも、すべてが滞ってしまい、自分ときたら、クルリと一回転して元どおりということになる。
だから、すべてをそのまま受け入れるための取っておきの策がある。自分の純重な魂として振舞い、それでもふきとばされるような気がしたら、無用の足をうかつに踏み出さず、他人にけものの目でながめ、悔いたりしない。つまり人生の内の亡霊じみたものは、わが手でおさえこむこと。すなわち、最後の墓場の安らぎを後生大切にして、もうほかの者には目もくれないこと。
このような状態につきものの動作がある、小指でそっと眉毛を撫でる。
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