現代版組踊「百十~MOMOTO~」
2014年8月22日(金)
国立劇場おきなわ小劇場
待望の再演、観てきました!
阿麻和利死後の百十踏揚の生き様に
スポットを当てた物語。
ストーリー展開は前回の公演と大きく変わらず、
My favorite book「琉球王女 百十踏揚」(与並岳生著/新星出版)を
ベースに進んでいきました。
*百十踏揚*
前回とは違って装飾や髪形などのビジュアルも
肝高の阿麻和利と一緒で、スピンオフ感が2割増し☆
衣装(打ちかけ)も3回変わって華やかさもありました。
百十踏揚本人は、
一言で言うと「かわいかった」です。
やっぱり百十踏揚は絵にかいたようなTHE姫であってほしい派(笑)
でも姫でありつつも時には凛とした表情も垣間見え…
心情表現がとーーっても難しい役柄・内容だったと思いますが
よく演じていたな―と思います。
でもまだまだ深化・パワーアップできそう!
今回は自殺未遂のシーンが追加。
百十踏揚がある種の「強さ」を見せる所。
緩急効いた展開は迫力ありましたね。
このシーン、次は金丸ガン見しよ。
飛んで行った懐剣の鞘はどこへ…(笑)
個人的には同じくらいの強さが後半にも欲しかったかな。
田場を説得するシーンとか。
諭すというよりも、むしろ是が非でもというような必死さ。
「THE姫」からの脱却、的な。
*大城賢雄*
(そう言えばこの舞台での明記は賢勇じゃなくて賢雄なのね)
キャストとしての賢雄はもちろん、
賢雄歴の長い“真五郎”、“賢雄衣装”の田場大親と
なんだから「わ~、賢雄がいっぱ~い (´∀`)」ってなりました(笑)
賢雄の籠手(リストバンド)にちゃんと夏氏の家紋入れてたの、
ちゃんと気付きましたよ。うふふ。
あと、個人的には賢雄の眉と目の距離が詰まった感じの
濃ゆくてワイルドなメイクがツボでした。
これで顎髭がもうちょっと濃かったら、
体格・声含めてもろイメージ通りど真ん中(笑)
それにあれだけ体格良くて長髪ポニテとかね。
もー、開幕早々悲劇のシーンなのに満面の笑みになってしまったよ(笑)
子どもをあやすのに不器用な感じもよく出てたし(ほほえましい(*^m^*))
ワイルドさももちろんあったし(VS真五郎いいねぇ~♪真五郎かっこよすぎ。三白眼のガリ台無し(笑))
やっぱりハマり役!
(肝高の阿麻和利と違ってセリフ量もあるし♪(笑))
*思徳金*
小説にはないオリジナルの描写。
百十踏揚と思徳金の別れのシーン。
思徳金の最後の叫びって、小さくても“武士”だなぁ…と。
分かってないふりして実は彼なりに分かってる。
子どもながら武士として男として、気持ちを押し殺して。
でも思わず想いは溢れ…ってね。
小説ではもっと小さい(幼児くらい)んだけど、
少年に押し上げ舞台ならではの表現として、
いい見せ場ですよねー。
音楽との演出もニクイ。
お隣に座ってたお姉さんが号泣してました。
*金丸*
まるで棒読みのような、淡々と事務的で無機質な感じが良かったです。
でもだからこそ、最後の最後にちらりと見せる迷いのシーンでは
人間性がもっとでると良かったな♪
対比(変化)がもっと大きいといいのかな?
前半の「悪っぽさ」さえ出さないくらい
無機質でもいいのかもしれない。
やっぱり金丸、演じがいがありますね。
全然違う人物表現でもイケると思う☆
*演舞*
百十踏揚の演舞(神舞のような)もあると良かったな~。
全てセリフとやり取りでコトが進んでいたので
複雑で繊細な内面に趣を置いた舞台だからこそ
感情表現としての百十踏揚の舞があると
ぐっと深みが出ると思いました。
百十踏揚の舞は最後の演舞にちょっとだけありましたが
どうしてもオマケ的なので
メインで舞うシーンがあるといいな!
花織の宴でのチルーやAMAMIKIYOのような。
そしたら同じく賢雄にもあるといいな―と思ったのですね。
例えば首里軍に攻められるシーンは割とそのまま交戦のマイムって感じの動きでしたが
そこを思いきり抽象的にしちゃって剣舞のようにしてみたり。
詳しくは分からないのでアレですけど、
見得のような振りもあったので、そういう歌舞伎や組踊のフォーマットのようなものを
前面に出してしまってもいいと思いました。
ちなみにこのシーンの音楽が1番好き!
そういや、クライマックスの演舞シーンにちょっと違和感あったんだけど
なんでかちょっと分かったかも。
たぶん、前シーンで暗転して場面転換して
すぐ音楽・演舞だからだはず(だった…よね?)。
ストーリーテーラーとかキャストとか、
物語の一部とクライマックス演舞がリンクしないで
最後の演舞シーンだけが独立してるから
イマイチつながりと言うか気分的な盛り上がりがなかったのかも?
冒頭だけでもしっかり融合させられたら
観てるほうもこれまでの感動の気持ちがわーって高まって
最後の最後の手拍子や拍手まで盛り上がって繋がっていくはず。
肝高の阿麻和利なんか、その点スゴイよくできてるな―って思います。
*別れ*
小説「百十踏揚」ファンとしては
賢雄と百十踏揚・思徳金の別れのシーンはほしい所。
小説読んで、賢雄に対して1番ほろりと来たシーンだし、
百十踏揚の、賢雄に対するわだかまりが本当の意味で溶けて
“賢雄を許し、受け入れられた”のはこのシーンだと思うから。
(舞台では百十踏揚が心を許すの結構早かったけど)
ああ、でもすぐに百十踏揚と思徳金との別れのシーンもあるから
そこに比重を置くためにカットというのもあるのかも?
時間的制約もあるだろうしね…。
ここは原作のお楽しみ、というのがいいのかな?
と言う訳で原作小説も、おススメです!!(`・ω・´)ノ
まずは読んで!!
(過去記事→小説・百十踏揚のススメ)
*位牌*
前回1番心揺さぶられた天上の阿麻和利・賢雄との対話シーン。
…ゴメン、どでかい位牌には笑っちゃいました(^^;
あれだけ具体的にどーんとでっかく出されたら、う~ん…;
(大きさ的にも位置的にも阿麻和利や賢雄、喰ってたような…)
抽象的できれいなセット(垂直的な何か)にするか、
もしくはなくてもいいかも~(^^;
百十踏揚を二人がどう連れて行くかは
前回のこともあったのでガン見ですよ。
うん、自然でしたね。今回はツッコミなし(笑)
*年号*
ところでタオのFBやチラシやパンフレットを見て
ずーっとずーっと思ってたんだけど
…なんで14世紀??
護佐丸・阿麻和利の乱の1458年は、
百十踏揚が生きた時代(少なくてもメイン)は15世紀だよ??
舞台内のナレーションでも14世紀って言ってたし…。
あと、百十踏揚の没年が1499年って明記してたのは
何か資料やこだわりが??と気になりました。
(1499没なら再会した思徳金、30代半ば~40代だね(-_-;))
資料や伝承があるなら詳しく知りたい♪
ちなみに小説では1474・5年没って設定です。
(1499年は死後の時代ということでエピローグに出てくるけどネ)
*
ってなことで、正直なトコロ、
前回の印象が美化されすぎてしまったのか
期待しすぎてしまったのか
決して悪くはなかったんだけど、
どこか何か物足りないといういうか、
ちょっと「あれれ?」という気持ちが残ってしまいました。
なんでかなってめっちゃ考えたので
分析みたいなレビューになっちゃいました;
ワタシ自身の、見る側の問題もあるのかもしれないけどね。
うむむ。
まぁ、それも今回の正直な感想として、
ちょっと迷ったけど書いておくことにします。
次回も行くので(チケット予約済み♪)
またどのような進化・深化があるのか楽しみにしてますよー。
応援してます(`・ω・´)ノ*