がじゅまるの樹の下で。

*琉球歴女による、琉球の歴史文化を楽しむブログ*

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琉球史ゆる漫画/羽衣伝説

2014年02月28日 | ・琉球史散策/グスク時代

人の上に立つ(王)人間と言うものは
徳があって神に選ばれた特別な存在なのだ、
という考えがあります。
(王統始めの王はそれが顕著)

それはその本人だけではなく
時にはその父親もその有徳さが語られることがあります。

例えば、舜天の父ちゃん、源為朝、
英祖の父ちゃん、恵祖世の主、
尚思紹の父ちゃん、鮫川大主、
尚巴志の父ちゃん、尚思紹、
という感じ。
(金丸の父ちゃん、尚稷は謎だけど…)

 

では察度の父ちゃん、奥間(大親)はどうだったのでしょう。

 

天女から生まれたと言う、異常出生話のある察度。
いわゆる「羽衣伝説」というヤツです。

 

察度の父ちゃん、奥間がある日、
泉(“森川”)に行くと、美しい女性が水浴びをしていたのです。

 

 

そこで奥間はどうしたのかと言うと・・・

 

 

 

 

 

 

 

今回下世話でスイマセン

察度の羽衣伝説を平たく言うとこーゆーことなんですよねー。
とんでもない男の話。

まぁ、かなり俗っぽく解釈して描きましたが
少なくとも、徳高い話ではないよね(笑)

実際、天女は羽衣を探し続けるし
見つけたとたん喜びまくって迷いなく天に昇るし、
空中で子どもたちが泣き叫ぶ声を聞いてさすがに心が揺れたけど
奥間(夫)に対しては皆無(笑)

 

……。

 

だから察度は青年期にグレてたんじゃないだろーか(笑)

(※父の農業を手伝わず、言うことも聞かずに放蕩してました)

 

 

「羽衣伝説」は琉球だけではなく、
日本各地、アジアに広くある物語なのですが
これってなんなんだろーね。

「人を陥れて得た幸せは、真の幸せじゃないよ」
ってことなのかな。

※本土の羽衣伝説の中には幸せ結末のものもあるようですが。

 


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協賛広告申し込み、本日〆切

2014年02月28日 | ・肝高の阿麻和利レポ

以前もご案内しましたが、
肝高の阿麻和利かっちんグスク公演の協賛広告申し込みが
本日〆切のようです。

看板、リーフレット、のぼりの3種類がありますよ。

申し込みは個人でもファミリーでもグループでも企業でもOK!

 

詳しくはこちらからどんぞ→ 

 

…っていうだけで終わるのもなんなんで、
のぼり制作の時の様子をちら見せ |・ω・)チラ

↑は制作途中のパソコンの画面。

年末年始にせっせと描いてました

反転しているのは、のぼりに欠かせない
ある重要な事をチェックをしているから( ̄▽ ̄;)

 

これは事前に提出したラフ(笑)

ラフってこんなもんです。

キャラも減らして敢えて必要最小限に。

完成版はこちらからどんぞ→ 

 


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琉球国王のCM

2014年02月27日 | ・琉球/沖縄、徒然日記

まるで本土の桜のようにうわーっと咲いていた…

…この花の名前、なんだっけ?

 

あまりいい香りはしないのよね

 

 

前記事で肝高の阿麻和利かっちんグスク公演のCMを紹介した関連で
今日はCMの話。

美術出身なんで、CMって結構気にして見たりしてるんですが
最近、琉球国王が登場するCM多くないですか…!?

沖縄トヨタの尚巴志はもちろん、
オキハムも琉装キャラのCMはお馴染なのでいいとして、

太陽光発電や、
カー用品店(?)のCMにも
琉球国王様が登場したのにはしかんだ(笑)

なんなんでしょうね。

放送頻度や時間、チャンネルなどの違いはあるかもしれませんが、
同時期に御主加那志前がCM4本ご出演
って、よく考えるとスゴイ状況だと思う(笑)

 これまでにはなかった現象のような気がしますよ?

 

でも皆「現代版組踊」(の尚泰久)系の扮装なんだな!

どこか1社でも是非とも赤い「被弁服」でやってほしい~!
(そしたら「お!この会社一味違うな!」って思うのになー)

 

 

 

 

カー用品店(?)のヤツ、不明。
先週くらいに1回見たんだけど…。
(こちらは王妃も一緒にご登場でした)

 

 

*おまけ*

琉球国王じゃないけど、組踊の阿麻和利が登場する
麦職人デラックスタイムのCMがお気に入り♪



YouTubeにはないので、専用サイトのCMインデックスから見てね↓
 http://www.orionbeer.co.jp/brand/deluxetime/movie.html

何度かこのブログでも言ってますが
オリオンビールのCMは昔から好きです
(飲めないのにね~(笑))

 

あ、ちなみにオキハムの琉装シリーズも
大按司(阿麻和利風)や、うみないび(王女)が登場してるので
気になる人はこちらからどうぞ↓
http://www.okiham.co.jp/info-05.html#!prettyPhoto

 


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そう言えば、97年か98年か、それくらいに
多分、泡盛とかのCMだったような気がするけど、
多分、識名園の池のほとりでで高貴な人3名が酒を酌み交わすCMがあったんだけど、
あれって多分、冊封使とかだったんだろうなーと今になって思う。
夕方のニュースの時間帯にやってたような…。


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肝高の阿麻和利かっちん城公演CM

2014年02月27日 | ・肝高の阿麻和利レポ

 

沖縄3局のテレビでCM流れます!



≪肝高の阿麻和利かっちん城公演≫
  

*日時*
3月14日(金)  3月15日(土)  3月16日(日)
18:00開場/19:00開演(夜公演ONLY)

*会場*
世界遺産 勝連城跡 四の郭(沖縄県うるま市)

*チケット*
S席:5,000円  A席:3,500円  B席:2,000円
 (ブロック内自由席)


*お問合せ*
あまわり浪漫の会事務局 098-978-0608

 

 


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おまけでやっぱりこれも(笑)

【第二弾】沖縄トヨタ×琉球偉人【阿麻和利篇】


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波の上ビーチの落日

2014年02月26日 | ・琉球歴史/文化風景

 

波の上ビーチからの落日です。

ビーチには初めて入りました。

 

 

港も近い那覇の街中の、
車がびゅんびゅん通る橋の下の小さなビーチなのですが
意外と水はキレイで、夏は海水浴客もたくさんです。

 

 

右の岩が波上宮が建っている岩。
(テンペストでもお馴染のベッテルハイムがいたエリア)

戦前(?)の写真は例えばこちらからどうぞ。

 

 

あ。

太陽が橋にめりこんだ。

 


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末吉宮参詣道

2014年02月25日 | ・琉球歴史/文化風景

琉球古道を歩いてみようシリーズ。

前回、中頭方西海道(尚寧王の道)をレポしましたが、
途中でちょっと道をそれると
「末吉宮参詣道」になります。

はい、じゃあ、テキスト58ページを開いて。

 

準備OK?

 

首里城を出発して、耳切り坊主の立つ中城御殿の側を通り、
下之道を通って儀保交差点へ。
浦添と首里の境目であった太平橋までは
前回の中頭方西海道と一緒。

しかし郵便局の所から森に向かって小さな脇道に入り
末吉宮を目指すと「末吉参詣道」ルートになります。

末吉宮に行くにはもちろん82号線沿いの
末吉公園入口の駐車場から行く方法などもありますが、
参詣道としてはこのルートが本来の道。

では写真レポ。

 

[おことわり]

前回の中頭方西海道もそうですが、この日撮った写真はデキがあまり良くありません;
天気がよろしくなかった上、じっくり構えて撮っていないためぶれてしまっているのが多く、

また、設定など「αカメラ」を充分に使いこなせていないトコがあります。
ゴメンナサイ。

石畳が残る末吉宮参詣道。

石畳道と言えば金城町の石畳当山の石畳(テンペストロケ地)が有名ですが
ここの石畳道も王国時代を感じる古道として
雰囲気抜群だと思います。

道沿いにちょこちょこ墓はありますが、
鬱蒼とした木々をもうちょっとキレイにして風通しを良くすると
もっと人が来やすい、いいお散歩コースになると思う。

(今のもこれはこれで雰囲気あるんですが、人気もなくちょっと薄暗いので一人歩きはちょっと躊躇する人もいるはず…^^;)


入ってすぐの右手には高平山(たかでーらやま)があります。

組踊「万歳敵討」に出てくる悪役・高平良御鎖の屋敷があったと設定される山だそうです。
(↑クリックで拡大します)

組踊「万歳敵討」の舞台写真とあらすじはこちらから

途中、右手の藪の奥へ行くと、
琉球五偉人の一人、羽地朝秀のお墓があります。

羽地朝秀(1617~1675)は琉球を代表する政治家で
日琉同祖論を唱え、これまでの古い風習を見直すなど
薩摩侵攻後の新しい琉球の国造りのため、様々な改革を行った人。

琉球初の王府編纂の歴史書「中山世鑑」を書いた人でもあります。

 

末吉宮に曲がる道の近くに遍照寺跡があります。

組踊「執心鐘入」の舞台でもあり、
テンペストにも出てくる遍照寺。

以前も記事にしているので今回は写真だけ。

末吉宮はもうすぐそこ。
こちらも以前に行ったこともあり、
この日のメインは尚寧王の道だったので上までは登らず。

末吉宮参詣道、ということで末吉宮に至るまでの
石畳の道のりを簡単にご紹介しました。

 

しかし末吉公園エリア内には
以前記事にもした鮫に助けられた漢那親雲上之墓碑
まだ記事にしてないけど宜野湾御殿家之墓、玉城朝薫生誕300年記念碑など
見どころがまだまだたくさんあるので
じっくり時間をかけて散策するのもおススメです

 

参/「琉球古道」(上里隆史著)
テキスト58ページ(笑)



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浦添グスクの為朝岩、なんかしてない?
って書いたけど、この間みたら足場がなくなってた!
そのかわり、今度は中城のペリーの旗立岩
同じような足場(?)が!!
なんだなんだ???


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琉球史ゆる漫画/SATTO

2014年02月23日 | ・琉球史散策/グスク時代

今日は「中山世譜」にも載っている
察度(1320~1395)にまつわる、ある伝承を
そのまま漫画化してお送りいたします。

 

 

 

 

 


うーーーん、察度の人物像(ビジュアル)
まだ固まってないんですよね…

けっこうちゅーばーなんで、
アウトドア派のワイルド系だとは思うのですが。

絵はなんか若々しくなっちゃいましたが、
晩年なんで、本当はもっとオジィのはずです。
 

ちなみに、察度の建てたという高楼は、
今の首里城の京の内にあったのでは!?
という見方もあるそうです。
(建物跡と、瓦が出土)

浦添から首里への遷都は、
尚巴志じゃなくて察度という説があるのも
これも1つの根拠みたいですが、

はてさて。

 


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 あ、今は英祖の存在も浦添ようどれの調査で
ほぼ確定だったような気がします。
(ちょっとウロ覚えですが…)
舜天はまだ伝説の粋。


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中頭方西海道(尚寧王の道)

2014年02月21日 | ・琉球史散策/第二尚氏

琉球古道を歩いてみようシリーズ。
(前回は中頭方東海道

ホントは国頭方西海道を先に行ったんだけど、
明日から「琉球オペラ・アオリヤエ」が始まるので
関連して、中頭方西海道(尚寧王の道)を!

浦添尚家の尚寧が王位についた時、
実家の浦添と首里とを行き来しやすくするために
首里城⇔浦添グスクを整備しました。
(※西海道自体は国頭まで続きます)

首里城スタートで浦添グスクを目指します。

中城御殿の脇を通って下之道(しむぬみち)を行きます。

中城御殿の角は耳切り坊主の出現ポイントとして
ミステリースポットの1つ。

途中に、三平等のおおあむしられの一人、
首里のおおあむしられが司る由緒ある安谷川御嶽(あがにがーうたき)。

続いて、仲田殿内(なかだどぅんち)跡にある玉那覇味噌醤油店。

ウチナー紀聞で紹介してた!
(テンションあがる(笑))

首里城下町で敷地が広くて立派な石垣の家があれば
かなりの確率で士族の家かもしれません。

そんな民家の隙間にポンっとあった安谷川(あだにがー)。
カー(泉)です。

旅人はここで旅の汚れを洗い清めてから
首里に入って行ったのだとか。

そのまま下ると儀保交差点に出ます。

首里と浦添の境目でもある太平橋。

薩摩侵攻の時の最後の砦にもなった戦場。

…あれ、川も橋も思ってたより小さかった

そして1番の難所のフェーヌヒラとニシノヒラの2つの急な坂道。

途中、浦添御殿の墓に寄り道したら、
マジムンを閉じ込めているという経塚の碑前を通ります。

さて、ゴールの浦添グスクももうすぐそこ。

安波茶橋エリアは整備も行き届いていて
いい雰囲気でした。

途中、Y字路になってて左が西海道なのですが
目前の浦添グスクを目指して右へ行きます。

そして浦添中学校(番所跡・龍福寺跡)、小学校の前を通って
浦添グスクへ!

ワタシの記憶では草ボーボーで
鬱蒼としてた浦添グスク(前の碑側)だったんですが
スッキリして雰囲気ががらっと変わっててビックリでした。
(碑を見るまでグスクのどこなのか分からなかった

 

今回の西海道の道のりも、特に浦添に入ってからは
案内板や表示があるので御安心あれ。
(浦添市教育委員会がリーフレットも作っていますヨ)

本当はもっと細々としたポイントがいっぱいあるのですが
是非、春の歴史ハイキングでお確かめ下さい

 


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ところで浦添グスクの為朝岩、なんかしてない??
足場が組まれているような…。
遠目に眺めつつ近くまで行けてないので気になってマス。


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琉球史ゆる漫画/愛と勇気の物語

2014年02月20日 | ・琉球史散策/第一尚氏

 

 

 

 

 

 

「阿麻和利の乱」という出来事は一緒だとしても
誰をヒーローに位置づけするかで
付随する様々な出来事や個々の人物像は
違って見えてくるよねー

という極端な例でした(笑)


鬼大城を主人公に、百十踏揚との純愛物語と見れば
すごく少女漫画的で分かりやすーーーい展開になります。

どこか西洋的ですけどね。
魔王と、連れ去られた姫と、助け出す王子様みたいな。
勧善懲悪のストーリー。

まぁ、それも歴史(特に資料のない(少ない)昔)を楽しむ醍醐味ですよね。

 

ぷぷぷ。

 

さて、
あなたは誰の立場で、
どんな人物像を描きますか?

 


ワタシは阿麻和利ヒーロー&百十踏揚とラブラブ派なのであしからず(笑)

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2013年度肝高の阿麻和利卒業公演

2014年02月18日 | ・肝高の阿麻和利レポ

肝高の阿麻和利卒業公演

2014年2月16日(日)

響ホール

 

日曜日夜の最終公演のみ見てきました。

ワタシが初めて阿麻和利を見た年に中学1年生だったコたちが
高校3年生になっての卒業公演。

そう考えると月日の流れを感じます。

6代目阿麻和利君始め卒業生のみなさん、
卒業おめでとうございます

(でも来月のグスク公演はどうなるんだろ??)

 

卒業公演の千秋楽は今回もチケット争奪戦。
今年もやっぱり濃かったです。客席もな(^^;)

去年書いた「卒業公演のツボ」、その通りの舞台でした。

 

 

 

まんず、肝高の子の設定は卒業公演スペシャルバージョン

既にハッタラーと周知の仲、というのは見るの2回目だ。

前回は先輩・後輩設定だったけど
今回は姉弟設定。
ほほえましい2人で、ハッタラーとの掛け合いもgooでした☆
(愛の劇場は個人的に今回のような小芝居タイプが好きです(笑))

現代版組踊の柱であるこのシーン、

「グスクは大切な事を教えてくれていたんだよ。
生まれた町を知る事の、大切さを」

ここもちょっと膨らませて。

「ねぇ、ハッタラー。私たち、伝えることができたかな。
生まれた町を知ることの大切さ、阿麻和利様のような肝高き、心」
(あと1個フレーズあったような…;)

後輩たちへバトンタッチし、
巣立っていく卒業生の熱い想いが感じられる一言でした。

バトンリレーは まだまだ続くよどこまでも・・・。

 

レビュー記事では「間」について書くことが結構あるのですが、
今回は全体的にすごくいいなぁ、と思いました。

阿麻和利君たちメインキャストもそうだけど
阿麻和利と正義党の出会いのシーンでの南風原とか
首里のシーンの尚泰久とか、
百十踏揚嫁入りに際しての女官とのやりとりとか、
賢雄との密談前にろうそくを吹き消す金丸とか。
そーゆー所小さな所まで丁寧に間をとって「作り込んでる」印象でした。

緩急付いて流れにメリハリも出るしね☆

「間を置く」だけじゃなくて「間を詰める」場合ももちろんある。

卒業公演では必ず披露される「ダイナミック琉球」への流れも
無駄がなく、感動の気持ちが途切れない流れるような展開でした。
肝高の詩で拍手喝采が止みきる前に前奏が流れ、
前奏の中で阿麻和利君の一言とポジションスタンバイ。

ちょっと前からパート紹介の仕方も変わってるけどこれ、お見事です★
阿麻和利は人数も多いしねー。
(特に女サン。隊列すごすぎ)

やっぱり、舞台の感動をそのまま持続させたままで席を立ちたいものね。

 

金丸、悪役一辺倒からちょっと変わってきましたね。

「お国のためにはしょうがないのだ」というのが
繰り返し出てきてました(賢雄含む)。

金丸の、「誰かがやらねばならぬのだ」
というのは「義の漢 護佐丸」ともリンクしてた台詞。
立ち位置としては「尚円王回顧譚」とのリンクって感じ。

うーん。
前も書いたけど、やっぱり阿麻和利スピンオフ舞台、
是非、肝高の阿麻和利管轄で定期公演やってほしいヨ

 

 望月按司Sも久々の年寄使用人でしたー。ウケてたね♪
前も書いてるけど恰幅のいい望月やっぱりいい。
ワタシのイメージに1番近い(笑)
登場前の笑い声が唐突なので舞台袖から笑い始めてフェードインすると
“こちらにやってきている感”がでるのでもっといいな♪
望月按司Sと言えば、
今回百十踏揚だったKさんの望月按司妃、最後にまた見たかったなー。

あなたの望月按司妃が忘れられません。

いまだにベストオブ按司妃だと思ってます(笑)
百十踏揚と二役すれば良かったのに。
…って無理か
舞台上で素が出て泣いてしまうの、今回はよくこらえて(ようとして)ましたネエライエライ
(めちゃくちゃ素直でいいんだけど、役によってはそれが邪魔しちゃう時があったからね

 

アンサンブルさん、
浪漫のスタンバイフォーメーションが中央だけじゃなくて
サイドにも波さんが出て来てて派手さバージョンアップ!でした。
(前からだったらゴメンナサイ)

男サンのゆんぐとぅの酔っ払い登場も久々でしたー。
小芝居も入っててナイスでした(笑)
ところで男サン、後半メイク落としてた?…気のせい?

バンドさんも日々進化!サンシン2人弾きとか。
伝令の音楽って色々な所でちょこちょこ聞くけど
阿麻和利バンドのアレンジと演奏が1番いい!シビレます!
男性ボーカルのK君、なんか急にうまくなったな~(前からうまいけど)。
高音とか安定感あったし、声も柔らかく聞きやすくなった印象。
「卒業の歌」のオリジナルソングも良かったです♪

 

 

最後に。

 

阿麻和利君…最後の最後に彼の素を見た気分だ(笑)
(素はかなりのムードメーカーなおちゃめさん?)

確かに、「へんなじらー」のくだりは
最近では普通に聞けるようになって当初の反応も無くなってましたが
ここに来て阿麻和利君がそう来るとは思わなかった。

 

客席がざわざわしてました。

 

単純に笑いが起きた、というのともちょっと違う(笑)
まるで「へんなじらー」の初登場シーン(→ )の時のようでした。

 

それと、男サンのてんてんぶいぶい。
オーバーアクションの個性的な踊りなのですが、

 

客席がざわざわしてました。

 

え、なんで???
いつも通りだよね???

ヅラが取れたわけでもないのに。
(過去に見たことあります。サスガにその時はざわざわしたわー)

よくわかんないんだけど、ざわざわしてたよ(笑)

何かあったんですかね。

 

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ネタばらしすると
「わしの名は、カナー、…かな?」(BY阿麻和利)
そりゃ、ざわざわするわ(笑)
今回1番笑ったのは愛の劇場でした。

※本文に出てくるアルファベットは名字だったり名前だったりします。


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中頭方東海道(中城エリア)

2014年02月16日 | ・琉球歴史/文化風景

最近、琉球王国時代の古い道、
「琉球古道」を歩くのに興味があります。

車で通れない山道や、民家に囲まれたすーじぐゎ~などもあり
新たな魅力を発見したりして楽しいですよ

運動にもなるしね(笑)

 

琉球には「宿道(しゅくみち・すくみち)」と呼ばれる街道がいくつかあり
すべて首里城に繋がっていました。

というわけで、
今日は去年歩いた「中頭方東海道」をピックアップ。

途中途中のスポット1つ1つが単体記事になるくらいなんですが
敢えて詳しくは述べずに、ざっくりまとめますね
(量も多いし)

最近ガンバッテいる&登り調子の中城村によって、
キレイに整備されている中城エリアの東海道。

今年度開校したばかりの南上原小学校の所から
首里城向きではなく、逆の「くだり」のルート、
中城グスクを目指してスタートです。

↑の中段、解説板にあったイラストのように
山の麓ではなく、いくつもの山(丘?)を越えて行くコースなので
登り降りが頻繁にあります。

階段、階段、また階段、って感じ(笑)

振り返ってみると、こう。

ここはまだまだ序盤。

どんどん続きます。

いくつもの山を越えて~♪

新垣グスクやペリーの旗立岩を通り、
緑が鬱蒼とした古墓群エリアに来たら
ゴールの中城グスクは目の前。

…って、
あの有名な廃墟に迎えられてのゴールでした。
(※中に立ち入るのは危険なのでヤメましょう)

まあ、これもある意味歴史的風景と言えばそうなのですが…

この時、廃墟ってどうよ的なことを話してて
「でもこれもここまでくればある意味歴史遺産だよね。っていうか、グスクもいわゆる廃墟だし」
と言われて至極納得した(笑)

 

廃墟も抜けてゴールである中城グスクには「終点」の立て札が。

そして「この先有料」の文字。

ラストスパートが古墓群&廃墟だったり
ゴールの看板が「この先有料」なのは
ちょっとズッコケたけど(笑)、

どうせならチケットを買って、
グスクの郭から見る壮大な景色に
爽快感と達成感を味わうのもまた良いかもしれませんね。


↑クリックで拡大します。南上原分校ってなってるところが南上原小学校です。前までは分校だったのだ。

真夏はたぶんキツイので、
これからの春のハイキングなどに、
歴史の道コースはいかがでしょうか?

ポイントポイントで案内板や表示があったり
その部分の道が石畳風に舗装されていたりするので
それを辿れば初めてでも迷わずに行けると思いますよ

 

参/「琉球古道」(上里隆史著)
↑道中の記述が細かいのでいいガイドブックになります☆


 


筋肉痛はこなかったよ(^0^)/
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琉球史ゆる漫画/英雄の秘密

2014年02月14日 | ・琉球歴史/文化風景

 

まぁ、つまり尚巴志150センチ未満説も、
舜天や英祖、察度のように

「英雄は、普通の人とはちょっと違うのだ」

ということを
アピールするための逸話では?

という、當真荘平さんの主張でした。

参/「月代の神々」(當真荘平著)

 

同書によると、昭和13年に行われた尚巴志の陵墓改修の際、
平田吉作・屋我嗣太、両氏による「御骨調査」が行われ、
それによると、推定身長は大きく、
「5尺(150センチ)足らず」と言うのは正しくない。
1m60cm~65cmくらいの眉目秀麗の男性では?

とのことでした。

…って、
眉目秀麗ってのはきっと筆者の希望的観測だよね(笑)

 

 

 

今回、ちょっとマンガふーじーにしてみたよ。

時々、オチの有無にかかわず
こんなスタイルで描けたらな~と思ってますが、

ハテサテ…。

 


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落書き供養

2014年02月12日 | ・琉球史散策/第一尚氏


先日、紙類の断捨離を決行しました。

ただの紙じゃなくて、
書いたり、描いたり、考えたりした裏の手仕事のカケラ。

そのつど処分してきてつもりだったけど
まだまだあって(写真のモノだけでも500枚以上はある)、
ここは思い切って処分!

(もちろん残したのもありますが、↑の半分程度に収まりました。でもその大方は“資料”です)

でも改めて見てみたら
「琉球戦国列伝」で日の目を見なかった没キャラというか
まだ、キャラを探ってる途中のラフもちょこちょこあったんで、

そのまま捨ててしまうのも何だか忍びなくなり、

「供養」

ということで写真撮ってみました(笑)

 

 

「琉球戦国列伝」じゃないのも2つばかり混ざってますが。

 

絵を描くときは、自分なりのイメージとか
キャラ設定のキーワードを側にメモりながら形を探ります。

例えば

小さいおっさんとか
毛薄いとか
ぼんぼんの坊っちゃん系とか
一重とかなす顔とか

etc…

武寧の息子「完寧」君(中段左端)なんかは
ペン入れもしてますが没にしてますねー。
髪飾り見せたくて、アングル変えたんでした。

あと下段右から2つ目「志魯」って書いてるけど、
絵はそのままで「布里」にチェンジしたんでした。
(志魯、乱の時点(1453年)でたぶん30代だから)

つけんって書いてあるのは勝連四天王(四大将)です。
小説「百十踏揚」の津堅大親のイメージで。
(「月下に語る」の津堅ではナイ(笑))

 蔡譲さんは割と気にいっているので
採用されているんですけど載せておきます。

 


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「まごろー」もそのうちフルで描いてみたいなぁ(笑)
あと南山組の皆さんを「別バージョン」として描きたい。
イケメンヒーロー縮れ毛じゃないバージョンで(笑)


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陳侃 使琉球録と創作琉球短編小説第3弾!?

2014年02月11日 | ・和心な本、琉球な本

 

 

「陳侃 使琉球録」(原田禹雄訳注/榕樹社/1995)を読みました。

陳侃(ちんかん)は尚清王(尚真の息子)の冊封正史として1534年に琉球に来た人物。

その時の様子ややり取りが記録された本なのですが、

冊封使も大変だったのねーとか、
尚清王の気の遣いようがハンパない(笑)とか、
中国の書物にあった琉球記述について
自らの見聞をもって考察・ダメ出ししているというのも
当時の琉球の様子を知れて実に興味深いです。

で、その中に陳侃が冊封を終え明国に帰る途中、
台風に遭ってしまいます。

それはそれは大変な恐怖体験で、記述の中にも
「一刻も早く溺死して、この恐怖から逃れたいとさえ願った」
とあるほど。

そんな嵐の中、陳侃一行は不思議な体験をします。

いくつかあるんですが、うち2つを紹介すると

(1)
暴風の最中、紅い光が見え、まるで灯籠のように空から舟へやってきた。

→天妃(航海の神様)が現れた!と皆喜び、舟も事なきを得た。

 

(2) 
突然、大海原を渡れるはずもない一羽の蝶が現れ、舟の周りを飛びはじめた。
また一羽の雀も現れた。

→ 危険が近付いているのでその知らせに違いないと悟り、その夜確かに荒れた。 

 

という具合。

 

これ読んで思ったのが、

「…同じこと書いてる!!」でした。

実はもう2年前に書いてそのまま放置している(汗)、
創作短編小説の第3弾のプロローグがこれと似た感じなんです。
(もちろん「使琉球録」は全く知らない時のモノ)

全く一緒ではないのですが、
琉球から明国への航路途中、嵐、謎の光、蝶、というキーワードが一緒で……

面白い偶然

ということでなんだか嬉しく、というか、
懐かしい気持ちになってしまいました(笑)

 

というわけで、
ちょっとその部分を掲載してみます。

制作途中のまま2年も放置して
書こう書こうと思いつつも手つかずの代物なんですが
「人の目にさらしてしまえば何か変わるかな?」
との気持ちも込めて(笑)

 


 

 

――プロローグ――

 

先ほどまでの穏やかな波が嘘のように荒れていた。

風を頼りに進む船は為すすべもなく波にもまれ、
海面高く押し上げられたかと思ったら、その直後には急落下というありさまを繰り返す。

風にあおられた波しぶきが容赦なく船上の男たちに覆いかぶさってくる。

船体がミシミシと悲鳴をあげ、今にも壊れそうだ。

必死に船の縁につかまっている男が青ざめた顔で叫び声をあげる。

「泰期殿!ダメです!どうしようもありません!」

「伊良波!あがくでない!我らの命がここまでなら、天の定めに従うまでよ!」

怒号のように鳴り響く波音に負けじと、泰期は大声を張り上げた。

 

1372年、秋。
琉球から初めて、公式に明国へ渡る船が出発した。

1368年に明国を建国した洪武帝は、周辺諸国へ明国の傘下にはいるように使者をつかわした。
それは皇帝を頂点とした君臣関係で近隣諸外国をつなぎ、
国際平和を築くという思想に基づく、中華外交政策の1つであった。

明国の強大な力と国際情勢をいち早く察知した中山王・察度はその求めに応じることを決め、
弟である泰期を名代として明国へ派遣したのだった。

 

しかし…

気まぐれな自然は容赦なく琉球からの使者たちを翻弄していた。

「(くそ…っ!おそらく明国まであと一歩だというのに、ここまできて嵐に巻き込まれるとは…。)」

泰期は恨めしく黒い空を仰ぎ見た。
風は収まる気配もなく、いよいよ荒れ狂う。

まるで泰期たちの行く手を阻んでいるかのようだった。

「(天よ。俺を試しているというのか?俺が中山王の使者にふさわしいかどうか…!)」

 

―――と、その時、泰期の目に低い雲の隙間からぼんやりと光る白い光が降りてくるのが見えた。

「(……なんだ…?)」

その光はまるで蝶のような形になり、ひらひらと船に近付いてきた。

「(――……蝶…?…いや、このような海上でしかもこんな荒れた日に、蝶がいるはずもあるまい)」

しかし、その白い蝶の群れは荒れ狂う風と波をものともせず、優雅に船の周りを舞い飛んでいた。
まるで蝶の周りだけ、風が吹いていないようだった。

泰期はその不思議な光景に心を奪われ、その行く先を目で追った。

蝶は何度か船の上を舞い飛ぶと、船を誘導するかのように船先に飛んだ。

蝶の群れが一直線に並び、まるで船を先導する光の筋のように見えた。

 

その不思議な光景に、泰期は自らの置かれている状況をも忘れ、思わず船先に近づこうと蝶に向かって手を差し伸べた。

その時、 

これまでにない高波が船を襲い、ぐらりと大きく船体が傾いた。

バランスを崩した泰期の体を、波が呑み込む。

「――泰期殿!!」

伊良波の声が波音にかき消される。

海水がどっと体内に流れ込み、
とてつもない水圧が泰期の身体を押し潰してゆく。

「(もはや、これまでか…っ!)」

遠のく意識を必死でつなぎとめようとする中、泰期は幻を見た。

蝶が髪をなびかせた女の姿に変わりゆく幻を…。

その女の髪が手に絡みつくような気がしたが、
それきり、泰期の意識は途絶えてしまった……。

 


 

これで「THE END」だったらウケるね(笑)

もちろんこれは「プロローグ」で、これから物語が始まるんだけどね。

以下、ラストシーンとか山場ごとにぽつぽつと書いてはいるのですが
「物語」としては虫食いだらけのほったらかし状態です。

(ワタシは場面ごとに台詞や描写を書いて、後でつなげて流れを整える派です)

基本、ラブストーリーべ―スだからなぁ~
泰期とある中国女性(実はのちの○○!)との恋模様。
(※原案は仲宗根FMよみたん社長です)

案と資料はあるから誰か書いて―(笑)

 


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Luxury

2014年02月11日 | ・徒然日記

 

前記事で日の出のブロンズを紹介しましたが

今回は夕陽の波打ち際。

似た感じの写真ですが
ブロンズverと見比べてもらうと違いが分かりやすいので
続けてUPします

 

 

同じく、砂に光が反射して、

キラキラ キラキラ

 

やはり朝日よりも夕陽の方が光が強いので
ドラマチックな印象です。

ブロンズではなく、まさにゴールド。

 

 

影の黒とのコントラストで

Luxury

な雰囲気です。

 

 


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