がじゅまるの樹の下で。

*琉球歴女による、琉球の歴史文化を楽しむブログ*

当サイトの掲載写真・イラスト等の無断転載/無断使用を禁じます

こんなんありました。

2010年10月31日 | ・琉球史散策/第一尚氏

`;:゛;`;:゛;`ブハッ(゜∀゜*)

http://okinawa-manga.com/wp-content/uploads/manga/books/september_books/ryukyu01/index.html


http://okinawa-manga.com/wp-content/uploads/manga/books/2010_10_books/1022_e_ryukyu02/index.html


はっはっは!!!!(笑)


…いや、笑ったら失礼か…(笑)

賢雄のすね毛…(笑)
金丸、いくらなんでもこの髪型はないよ…(涙)


ツッコミどころ満載だけど(主にビジュアル面で)、
い~ぞ~

うん。
まずはこうやって色々出すことが大事ね。


さあ、この後の展開、ど~するど~なる~?



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Happy Halloween!

2010年10月31日 | ・徒然日記

今日はハローウィーンですね。

とは言っても、なにかするわけでもないですが…。

数年前の話。
かつての同僚(アメリカ人と結婚)が、
ハローウィーンのときに仮装して出勤。

そのまま高速に乗ったらしい(笑)

かなり本格的な仮装だったので
すれ違った車はさぞかししかんだでしょうね(笑)



ハローウィーンの写真も
琉球歴女らしく、ジャックランタンと首里城(笑)

昨日の「万国津梁の灯火」で
灯篭にまぎれていくつかかぼちゃのランプがありました



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万国津梁の灯火

2010年10月31日 | ・琉球歴史/文化風景

今年の首里城祭は
世界遺産登録10周年記念も兼ねています。

その一環としての特別企画がこれ!

「万国津梁の灯火」

首里城公園一帯に灯火をともすというもの。

この様子を見に、昨日、再び首里城に登城!

…これはすごい!!!!



予想をはるかに超える灯火の数々。
そして一部のエリアのみと思いきや、
こんなところまで!?という位いたるところに灯火がずらり。

首里城内はランプ。
城外は蝋燭。



風に吹かれてゆらゆらと揺れる明かりが
こりゃまたいい風情をかもし出している…。

昨晩は夕方は少し風がありましたが、
とっぷりと暮れた頃は風も収まり、
気温も暑くなく寒くなく、絶好のコンディション



写真を撮りながら、
気づけはゆうに3時間半も立っていました。
(ちょっと世界遺産の宴なども楽しみつつ…)

レンズバッグも持っていったので、
広角、標準、望遠、そしてクロスフィルターでも遊んでみたりして
一足先にクリスマスイルミネーション気分を(笑)



それでは「万国津梁の灯火」一挙公開



守礼門裏にずらりと並ぶ行灯。

首里の小学校のコドモタチが書いたもの。



家族連れで記念撮影したり、
自分のものを探して喜んだり。

写真はなるべく人が写ってないのを選んでいますが、
たくさん人が来ていて、にぎやかに華やぐ夜の首里城。



世界遺産、園比屋武御嶽石門前。



歓会門。

クロスフィルターでキラキラ~
(これだけで一気にクリスマス気分ですね



龍潭池に下りる道。

この写真の右手には沖縄戦時の
「日本軍指令本部壕」があります。

首里城は史跡でありながら、戦跡でもあるのです。

さすがにここは霊を慰める灯火の如く。

首里城ミステリーツアーでは1番怖かったエリアですが、
この日は明かりもこんなにたくさんあって、
人もたくさんいて、大丈夫



橋の上から見た龍潭池。

下りてみましょう。



両脇にずらりと灯火。

白い鯉が、一匹。



いつもは鳥たちがずらずらといるのですが、
この日はいつもと様子が違うのにビビッてか見かけませんでした。






龍潭池をぐるりと一周。

道路に出ると、おなじみの首里城が一望できる絶好のスポット。



森の中にまで灯火があって、
気軽に散策できるようになってます。

(普段はあぶないです。気をつけましょう)



龍潭池のほとりを出て、
県立芸術大学のそばを通る。

そこには芸大前らしく、
彫刻とのコラボレーションがずらり。



首里城に戻るようにして芸大横を突っ切る。

思わず「すごい!」とつぶやいたのは
円覚寺前。

…写真じゃあの幻想的な風景が表せません

是非、実際に見てほしいと思います。



久慶門前。



城壁のライトアップも楽しみつつ、
そのまままっすぐ行きましょう。

守礼門まであともう少し。



守礼門。

ゴール!

この時点で終了時刻の9時前。
さすがに人は少なくなっていました。


この「万国津梁の灯火」は
今日まで行われます!!

なんと入場無料区域!

いつもは見られない幻想的な夜の首里城を
是非お楽しみいただければと思います


…でもこれ、準備も片付けもかなり大掛かりだろうなぁ…。
スタッフさん、ありがとうございます。



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王朝絵巻行列…やっぱり遠慮しちゃった…
那覇まで行くとなんだかんだと1日がかりだから

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琉球短編小説「北山炎華」3/4

2010年10月31日 |   …… 「北山炎華」


「北山炎華」(3/4)
 
 1/4はこちらから。 2/4はこちらから
著作/シルフ(P.N)   


さきほど優勢であったことが嘘のように、攀安知軍は尚巴志軍に追い詰められていた。
致命傷を負い、死んでゆく者。
兵である誇りを忘れ、逃げ惑う者。
先ほど報告があった一の郭も、あと少しで陥落しようとしている。
「…っ!!」
攀安知は思わず言葉を失った。
「(予想はしていたが・・・まさか、これほどとは…!)」

と、その時
サァッ
戦場には似合わない、清涼な風が攀安知の頬を撫でた。
「!?」
気配を感じて振り返ると、腰に刀を差した青年――おそらく20代半ば頃だろうか――が立っていた。
「…誰だ。」
「尚巴志軍が小部隊の頭、護佐丸と申す」
「護佐丸?」
 聞いたことがある。たしか、若くして読谷山の按司となり、尚巴志軍に所属しているという、あの。
「…貴様があの護佐丸か。お前の噂は、耳にしたことがある。」
「お見受けするところ、攀安知殿、ですね。一国の王に名を知られているとは、至極光栄。」
うやうやしい態度が妙に苛立って攀安知は剣を握る手に再び力をこめた。
「誰であろうと所詮は尚巴志の犬!これ以上侵攻はさせぬ!!どうしても、というならばわしを倒してみよ!」
「もとよりそのつもり。この地を追放された我が祖先の恨み、今ここで晴らさせてもらおう。その首、私が貰い受ける!」
二人の視線が交わり、
そして、
キィィィィィィィン!!!
二人同時に斬りかかり、その刃が交じった。
キィンッ、カキンッ、シュッ、シュッ!!!
その後も次々と襲ってくる護佐丸の刃。それを受け、斬り返す攀安知。
「(なんと、この若さでこの腕とは!)」
護佐丸の剣を払いながら、攀安知は思った。
「(殺すにはなんと惜しい男か。)」
一方、護佐丸も戦いながら思っていた。
「(くっ・・・強いっっ!!)」
シュッ
風を斬る音。とっさに護佐丸は身をかわす。
「(さすがは攀安知っ、伊達に一国の王を務めていないというわけかっ!)」
シュッッキィン!シャッ
お互い、浅い深いにかかわらずお互いに傷をつくり、斬ってはかわし、かわしては斬り、剣をかわして交わして、また斬りかかる。
両者の実力は、ほぼ互角といってもいいほどだった。だが
「くっ!」
少しずつ、少しずつだが、護佐丸が押され始めた。なぜなら、攀安知が持っていて護佐丸が持っていない、決定的なものがあるからだ。
それは、『経験』
お互いの力が拮抗し合っているというのならば、勝負を分けるのは運、もしくは経験の差である。
その場の空気を読み取り己の力に変える力。どこを攻撃してくるかを察知できる勘。
それらは修行しただけでは手に入れることができない。

護佐丸が焦りを感じはじめたその時、
ドドォ…!!!
辺りに轟音が鳴り響いた。
「一の郭が!一の郭が落とされたぞ!!!」
「!!」
攀安知が動揺した隙を護佐丸は逃さずに、すかさず剣を突き出した。
攀安知は身を翻しなんとか致命傷をうけずにすんだが、それでも腹に浅くはない傷を負った。
その上、攀安知の軍が騒ぎ始めた。
「一の郭がっ!!」
「ああっ!もう終わりだぁ!!!」
「ま、まってくれ!!殺さないでくれ!!そちらの軍に入るから!!いや、入らせてくれ!!」
攀安知の独裁主義に飽き飽きしていたのはなにも本部平原だけではない。
今までは彼に対する恐怖で従っていた兵たちも、攀安知のために命を捨ててまで城を守ろうという考えの者は今やほとんどいなかった。
「…もはやここまでか…。」
ばらばらと、遠くで城が崩れる音が聞こえる。恐らく、全壊するのも時間の問題だろう。
我が城が、我が領土が、我が国が。
……それならば。
シュッと剣をかまえ直した攀安知を見て、護佐丸はこちらに向かってくると思い、警戒した。だが
バキイィン!!
攀安知が愛刀・千代金丸の切っ先を向けたのは、護佐丸ではなく、この城、そして北山の守護神ともいえる霊石であった。
「なっ!!攀安知殿っ!?なにを!!」
「くくく…ははは…こうなれば道連れじゃ…。」
そう言った後、攀安知はくるりと護佐丸に顔を向けた。
「おい、護佐丸。わしの、この言葉を覚えておけ。お前が今までやってきたことは全てお前に返ってくる。相手を裏切れば己が裏切られ、そして」
うっすらと笑みを浮かべ、まっすぐに護佐丸を見据える。
「相手を騙せば、また、己も騙されるのだ」
「…何が言いたいのです。」
「くく、まあよい。いずれ分かることだ。」
攀安知は千代金丸を持ち替え、
「誰かの下にくだるぐらいならば、…わしは、自ら死を選ぶ。」
言い終わるやいなや、思いきり己の身に突き立てた。
「!!」
彼の愛刀・千代金丸はさすがの切れ味といったところか。いともやすやすと、その刃は攀安知の身体を貫いた。
ゆらりと、その身体は揺らぎ、
どさり
地面に倒れるその様子は、巨大な古木が倒された時のそれにも似ていた。


一輪の遅咲きの緋寒桜が、攀安知の傍らに散り、やがて炎に包まれていった…。


―――その後、戦は尚巴志の勝利に終わった。
まさに、尚巴志の知略が功を奏した戦いだった。


4/4 に続く



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首里城祭2010とか、

2010年10月30日 | ・琉球/沖縄、徒然日記

今日はなかなかハードでした


首里城散策
(発掘や漆塗りなおし作業の進み具合チェックとか(笑))

首里城祭(冊封行列)

映画「浦添ようどれ」

上里隆史さん講演

開邦高校美術科作品展

リブロ(本屋さん)

首里城アゲイン(万国津梁の灯火と世界遺産の宴)


疲れた…。

けど、楽しかった



今年は冊封儀式は見ませんでした
浦添ようどれ&上里さん講演会のためっていうのもあるけど、
天気がイマイチ(曇り)なことと、
天気の影響で宣読台が簡略化された
っていうのも重なって…

去年、がっつり見たし、いいかな…と。
(去年の冊封儀式の記事と写真は   

去年みれなかった「冊封行列」だけ見ました。

…あれっ、確か守礼門で
琉球国王が正使を迎えるんじゃなかったっけ。
それもなにもなく、本当にただの行列でした

でも、御座楽(中国式の宮廷音楽)の演奏聴いたら、
なんかテンション上がるワタシ(笑)

それに今年からの首里城祭企画の
「万国津梁の灯火」がすごい良かった!!

明日、改めて記事upしますね。



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明日の琉球王朝絵巻行列…どうしようかな~。
シゴトの準備が…。
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日暮れ待ち

2010年10月30日 | ・琉球歴史/文化風景

本日二回目の首里城です

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琉球短編小説「北山炎華」2/4

2010年10月30日 |   …… 「北山炎華」



「北山炎華」(2/4) 
 1/4はこちらから
著作/シルフ(P.N)   


「本部!!本部はおるかぁ!!!」
城に戻った攀安知は大声を上げ、彼の名を呼んだ。
「もと…」
いた。
彼は仁王立ちで、攀安知を待っていたかのように ――実際待っていたのだろう―――そこにいた。
彼は攀安知の姿を認めると、
チャキッ
持っていた剣の切っ先を彼に向けて、言った。
「おお、これはこれは、王ではございませんか。一体、どうなさったので?」
「それはこちらの台詞だ。これは一体どういうことだ!?」
「おや、まだわからぬのですか。あいかわらず理解力が乏しいようだ。」
本部平原は、攀安知を嘲笑いながら言った。
「諮りおったな!!!」
「諮った?くくく…ははは!いままで、ずっと耐えてきた。
お前のわがままに合わせ戦略を授け、勝利に導いてきたのに、お前は一人で威張り腐りおって手柄はほとんど自分のもの!!
お前に対する民の不満も膨らみきっておる!今こそ時は来たのだ!」
本部は、宣言するように一層声をはりあげた。
「攀安知!!我は既に中山に下った!!これは謀反などではない、お前への天誅だ!!!!」
「貴っ様あぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!!!!!!」
カキィィン!!
怒りに任せて剣を抜いた攀安知は、本部平原に斬りかかる。
が、その剣は攻撃を予想していた本部平原によって止められた。
「貴様・・・今まで副将として側においてやった恩も忘れ裏切るとは!!」
「そのようなこと、頼んだ覚えもない。だいたい、これからはっ!」
シュッ
「私の!この本部平原の時代なのだ!!」
言葉とともに、本部平原は剣を突き出した。
「黙れぇぇ!!」
カシャァァン!
「黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!」
剣を打ち返し、言葉の勢いを叩きつけるかのように、攀安知は重い突きを繰り返す。
「尚巴志だと…?あの者になにができる!!」
攀安知のはげしい攻撃が本部平原を襲った。
「あやつが仮にどんなに強かったとしても、どんなに優れた兵士を持っていたとしても!!ここは琉球!!
数多くの強豪が、国々が集まる戦いの地なのだぞ!」
剣を繰り出しながら、攀安知は言葉を続ける。
「そのなかをくぐり、勝ち進めることがあやつにできると思うてか!!」
カッキイィィィィィン!!!
ギチギチギチ…
剣を合わせたまま、彼は言った。
「考え直せ。答えは明白であろう!今までの功績を称え、今回のことは水に流してやる。さぁ!!」
「笑止!!」
 攀安知の剣を押し返し、本部平原は答えを口に出した。
「先ほども言ったであろう!攀安知!これからは私の時代だと!お前のことなど、もはや主とも思うてないわ!!」
ごぉぉぉぉ…
そう叫ぶ本部平原の後ろで、炎に包まれた城が燃えている。ところどころ、ばらばらと崩れてきていた。
「…そうか。」
 攀安知は口を開いた。
「それならば…貴様にもう用はない!!!!」
「用はない、だと!?それはこちらの台詞だ!!攀安知!!!!!!」
いきり立ち、本部平原は力強く剣を振った。だがそれに負けず劣らず、同じぐらい重い攻撃を返す攀安知。
キィィン!!ガシィンッ!!!
目まぐるしく、剣の刃と刃が飛ぶ。
その様子は、剣舞というより、力と力のせめぎ合いであった。
剣と剣がぶつかり合うたびに細かい火花がチリ、と飛ぶ。
両者のあいだには、誰にも邪魔できないような気迫があった。
だが、これが主と従の差、支配者の力と言うものなのだろうか。攀安知の刃に、本部平原は押され始めた。
「ぅぐっ!!」
とてつもない力を乗せて襲ってくる刃を、なんとか押し返す本部平原。
と、その時、本部平原のふところが一瞬開いた。その隙間を見逃さず、攀安知は彼の胸部を一文字に斬った。
グシャァァァァ
「ぐぁぁっ!!」
たちまち身体から血を吹き出し、本部平原は地に倒れ伏す。
「こ…の……」
「裏切り者として死ぬがよい。」
「う…ぐ…ぁ…」
本部は諦めきれぬように震える手を伸ばし、攀安知の裾をつかんだ。
だが、攀安知はその手を投げ捨てるように振り払った。
「貴様ごときが、このわしに触れるな。裏切り者め。……とどめだ。」
グサッ
「ぐぁっっ」
攀安知は己の剣を本部平原の心の臓に届くように刺した。
本部は最後の抵抗なのか、攀安知の目を睨み返した。が、ついにその瞳の光も失われ、事切れた。
攀安知は彼の身体に足をかけ、ブシュッと剣を引き抜く。
一気に鮮血が噴きあがる。
足元に転がるかつての側近を見下しながら、攀安知は返り血を拭った。
「チ…ッ。この愚か者めが。」

が、裏切り者を仕留め終え、ふと冷静になると、急に周りの音が聞こえてきた。
カキィィン!と、剣と剣がぶつかりあう音。
兵の雄叫び。
戦況は、今どうなっている!?まさかとは思うが、負けているのではあるまいな。
「…そんなはずはないっ!!」
攀安知はかぶりを振り、その不安を拭い去ろうとする。
「(わしは攀安知だぞ!!そのわしが負けるなど、そのような戯けたことがっ…。)」
だがしかし、一抹の不安がなかったわけではなかった。
断末魔。
気のせいだろうか血の匂いも漂ってくる。
「攀安知様!!」
小部隊の頭が、駆け寄ってきた。が、本部平原の死体を見て顔を青くする。
「なっ!?本部様っ!?これはいったい…!?」
「こやつが裏切っておったのだ!!いや、死んだ今、それはもはや関係ないな。」
小部隊の頭は、本部平原の死体をみた衝撃で動けない。
そこへ、別の兵がやってきた。
「大変です!!尚巴志軍が一の郭にせまってきました!!」
「なに…っ!?」
「裏門から挟み撃ちにされ、兵を制圧されたのです!!!ただいま、応戦してますが…おそらく…もう…!」
「くっ…!」
この城で共にすごしていた本部平原が進入の手引きをしていたのだ。恐らく、この城の内部の様子も熟知しているのだろう。
「ここで腑抜けていても仕方あるまい。一の郭へむかうぞ!!」
「は、はっ!」
攀安知は部下を引き連れ、目的の場所に向かって走った。


3/4 に続く


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琉球短編小説「北山炎華」1/4

2010年10月29日 |   …… 「北山炎華」

さて、昨日予告しました北山戦をモチーフにした短編小説、
公開いたします!

書いた人はワタシじゃなくて、P.Nシルフさん。
(本人の希望によりP.Nで掲載)
写真はワタシ。

絵でも写真でも小説でも、何か自分で作り出したら、
アウトプットして色んな人に見てもらうのが上達の秘訣!
というわけで、彼女のためにもご意見・ご感想もお待ちしております♪

…あっ、ルビふれないので登場人物だけは読み方書いておきますね。

・尚巴志(しょうはし)
・護佐丸(ごさまる)
・攀安知(はんあんち)
・本部平原(もとぶ ていはら)


4回分割で掲載します☆
では、始まり始まり~。



 

「北山炎華」(1/4)  著作/シルフ(P.N)



 
うおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉ!!!

鎧を身に纏った男たちが、己の武器――剣や槍をつき合わせ、戦っている。
辺りには砂埃が充満し、血の匂いが漂い、断末魔の叫びや男たちの雄叫びが呼び通うというような状況だった。
1416年、場所は琉球北山、今帰仁グスク。尚巴志率いる中山軍は劣勢へと追い込まれていた。


「…尚巴志様!!」
尚巴志の元へ、戦況を報告にきた部下が駆け寄る。
「敵の猛攻が激しすぎます!!このままでは…。」
知性的な涼しげな目元をした男がゆっくりと振り返る。
「そう焦らずともよい…。」
焦る部下とは対照的に、彼は冷静だった。
「さすがは今帰仁、難攻不落の城よ。だが、こちらにはもう一攻……。」
そうつぶやく尚巴志の後ろから、その首を狙い数名の兵が向かってくる。
が、その時。
シュッ
一陣の風が吹き、兵は血を噴出しながら倒れた。
その音を聞いた尚巴志は口元に不敵な笑みを浮かべ、
「待っていたぞ。」
振り向き、敵を倒した者の名を言った、
「護佐丸!」
そこには、虎のように鋭い目をした青年が立っていた。
「尚巴志様。」
護佐丸は尚巴志に向かって跪いた。
「ご命令どおり、裏門にて奴らを挟み撃ちに。順調に敵を片付けております。」
「うむ。」
尚巴志は満足そうに頷いた。
「し、しかし、尚巴志様っ。」
先ほど戦況を伝えに来た部下が、周りの兵士の雄叫びにかき消されぬよう、大声で話かけた。
「敵の攻撃は相変わらずです!このままでは、確実に……。」
「ふ…、心配には及ばん。」
尚巴志は笑った。
「既に手は打っておる。」
にっこりと、しかし油断できない笑みで。

*

さて、時は少し戻り―――

「攀安知王。」
今帰仁グスク一の郭の館で、本部平原は彼、攀安知に声をかけた。
「中山の尚巴志めを蹴散らすことなど、王にとっては赤子の手をひねるがごとく容易いことでしょう。
ですが、このまま城に篭った受身の体制のままでは、諸国や周りの者どもになめられてしまいます。
そこで、不肖この本部平原、ひとつ提案があるのですが……。」
「なんだ。言うてみよ」
攀安知は身を乗り出して、眼前の本部を見据えた。
「私の軍と王の軍、交代で城外に出て戦うのです。
さすれば敵はますます恐れおののき、諸国は王への畏敬の念をますます高めることでしょう。
また、何より我らが兵たちの良い訓練にもなりましょう。」
「ふうむ。なるほど。」
彼はにやりと笑みを浮かべた。
「本部。さすがはわしの右腕。北山軍副将だ。」
「もったいなきお言葉、ありがとうございます。では、まず手始めに私めの軍から…」
「いや。王たるもの、民草にどうあるべきかを示してやらねばならぬからな。
わしの軍から行こう。」
「ははっ。仰せの通りに。」
そういいながら本部は頭を深く下げた。
その口元に、うっすらと笑みが浮かんだことに、攀安知は気づかなかった。

*

「全軍、進めえ!!」
うおおぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!!
雄叫びと共に、攀安知の軍が尚巴志軍を追い立てていく。
「ふははははははは!!!!まるで蜘蛛の子を散らすように逃げてゆくわ!!」
攀安知は意気揚々と馬を走らせていた。
「所詮中山、我が北山に勝てるはずもなかろうて!!!!」
「攀安知様!」
「チッ……なんだ。」
駆け寄ってきた部下に高揚していた気分を害され、少し不機嫌になる。
「後ろをご覧ください!城が!!」
「城?…なっ!?」
背後を見ると、そこには
「ど、どういうことだ!?」
轟々と、こちらにまで音が聞えそうなぐらいに激しく城が燃え始めていた。
「し、城が!!我が城が!!」
攀安知は振り返り、兵たちに叫んだ。
「すぐに戻れ!!戻るのだぁ!!!」
「「「「はっ!!」」」
だがしかし、尚巴志軍を追い立てていったせいで、ここから城まで結構な距離が開いていた。
「(果たして間に合うかっ!?このような緊急時に城に残っている本部は何をしておる!!?
……それにおかしい…)」
馬を翔けながら、ちら、と後ろの尚巴志軍に目をやり攀安知は思った。
「(奴らめ、なぜ追ってこない!!?今なら絶好の機会だというのに…!!…まさか…。)」
ヒヒーンッ
周りの訝しげな視線を受けながら、攀安知は馬を止め、尚巴志軍を見据えた。
すると、
「…!!?」
一瞬。
にやりと笑みを浮かべた尚巴志軍と目が合った。
「くそっ!!」
攀安知は力任せに馬をけり、再び走らせる。大きく見開いたその目は血走っていた。
「(笑っていた!?…まさか!まさか!!まさか!!!!)」


2/4 に続く




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もふもふ。

2010年10月29日 | ・徒然日記



…チッ、台風それやがった…

昨日の時点ではほぼ全員が今日まで休みのつもりでいただろうに。

くそぅ。


そういうワタシも、気になって早く目が覚めました。
(っていうか、夢にも出てきたよ…。思いっきりそれてる夢)



台風の影響で気温がぐっと下がって寒いです。

ネコスケたちも寒いのか、
毛がもふもふしてます。

もふもふ~。


写真は去年に冬に撮ったススキ。



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人物相関図(三山時代)

2010年10月28日 | ・琉球史散策/グスク時代


先記事で予告した、短編小説のデータが届きません…。

教えたメアド、スペルミスったかな~?

…自分で打ち直すの…ヤだなぁ~…。


というわけで、しばらくお待ちください。


その代わりと言ってはなんですが、
フォトブック用に作った人物相関図(三山時代バージョン)、
載せておきます(笑)

「北山炎華」には懐機と他魯毎は登場しませんが


※分かりやすくするために尚巴志の肩書きを「中山王」にしておきました。
…が、北山討伐時点では中山王は父の尚思紹です。
南山討伐時は尚思紹が亡くなっている(1421年)ため尚巴志が中山王になってます。



この人物相関図はシンプルでいい。

尚泰久時代の人物相関図、複雑すぎ…!!
またいずれ載せますね。



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台風どうせなら明日まで休みになれ~。
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台風14号と予告

2010年10月28日 |   …… 「北山炎華」

台風キターーーーーーー。


午後から休みなりました。
(午前中はみっちりシゴトしたぜ!)

1年に2度も当たるとは、
近年の沖縄台風激減の状況ではめずらしいです。


思いがけず休日になりましたので
(もしかしたら明日も?でもそうなったら土曜日は返上だわ)
フォトブック(イラストブック)の編集、済ませてしまおうかな。



…と、ここで予告を。



ウチノコが、尚巴志の北山討伐を題材にした短編小説を書き上げました。

ワタシも監修(監督?(笑))で関わってます。

3回くらい書き直しさせたりしてましたが、
本日、とりあえずの完成となりました。

そこで、

「せっかくなら色んな人に見てもらわない?」

ということで、このブログで公開することになりました


タイトルは
「北山炎華(ほくざんえんか)」
↑実はこのタイトルはまた別の人に依頼して命名してもらってます。

主に攀安知と本部平原の確執を描いたものです。
(それに尚巴志と護佐丸がちょこっと。)


コドモの書いたもので、文体としては台詞と効果音が多いですが(笑)
でも、ワタシ的には
「なかなかいいんじゃな~い?
と思ってます。


今、彼女からデータが送られるの待ち中。。。なんですが、
届き次第、公開スタートしますね。

たぶん、4回くらいに分けることになると思います。
(全20ページ)



北山つながりってことで、
1枚目の写真は、今帰仁グスクの猫!
2枚目の写真は、今帰仁グスクから見た夕日!
舞台「北山の風」の時に撮ったものです)

今帰仁グスクには猫がたくさんいます

 

本編「北山炎華」1/4へ



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夏居数の名乗り表記

2010年10月27日 | ・琉球史散策/第一尚氏

ワタシが最近気になるヒト(笑)、
夏居数

俗称、「鬼大城(うにうふぐしく)」

名乗りは、けんゆう。


その、「けんゆう」の漢字表記について。

前記事でJhon Doeさんからご指摘いただきました。


これまでワタシはずっと「賢」と変換してましたが、
本来は「賢」とのこと!


さっそく、調べました!

むむっ!?


↑鬼大城のお墓の前の石碑。「夏氏大宗墓」とある。


「賢」、「賢」、
両方、ある!!

門中辞典では「賢雄」
小説・百十踏揚も「賢雄」
琉球・沖縄史も「賢雄」
第一尚氏物語も「賢雄」
他、いろいろ。

でも、
鬼大城のお墓の案内板は「賢勇」
肝高の阿麻和利も「賢勇」
勝連城跡の案内板も「賢勇」
琉球王国ぶらぶらぁ散歩も「賢勇」
他、いろいろ。


じゃあ、正史だ!
って、家で中山世譜を調べてみたら
「鬼大城」の表記オンリーでした(笑)
ちなみに、お墓の石碑↓(案内板じゃなくて)も鬼大城のみ。
(名乗りの「けんゆう」は後世に、子孫が追称したものらしいです)

↓1番左端の上に鬼大城越来親方 云々ってあります。


「夏氏(姓)大宗由来記」とかではどうなのかな?
「賢雄」なのかな?
それとも「鬼大城」オンリーかな?

ご指摘いただいたJhon Doeさんによると、
「賢勇」は誤植で、
それをそのまま引用したため広がった、とのこと。


確かに、色々調べてみて総合すると、
「賢雄」表記が有力のような感じもするかな?




…というわけで、
これからこのブログでの表記も
「大城賢」に改めます!

今までのぶんは目ぇつぶってください

でも、思い込みってすごいですね~。
「賢雄」「賢勇」、どの表記も見てたはずなのに、
全く気にしてなかったです…。
(「賢勇」で変換登録してたっていうのもあるかも?)




ちなみに、これは以前も書きましたが、
阿麻和利も、正史では阿和利です。
墓標の表記もこれ)

でも今では阿麻和利が一般的なので、
阿麻和利は阿麻和利でいかせてもらいます。


写真は以前撮った大城賢雄のお墓IN知花グスクです。
こっちこっちにも)



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古琉球の偉人を描いてみる39 いっぱい

2010年10月25日 | ・琉球史散策/第一尚氏




これまで書き溜めてた、
古琉球の偉人を描いてみるシリーズ(カラー版)、
これに解説なども加えまして、
いよいよフォトブックとして発注作業開始です☆

とりあえず、第一弾として
三山時代~第一尚氏王統まで。

…でも、今日試しプリントしてみて、
文字の大きさとか1ページのサイズとか
ちょっと調整したほうがいいかな~
というわけで、これからちょっと微調整。

偉人個々についての解説はなるべく中立に、
そしてその人物の生没年とゆかりの地なども書き加えました。

まとめとして、年表や人物相関図も入れる予定

2週間後くらいには完成するかな?


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古琉球の偉人を描いてみる38 泰期

2010年10月25日 | ・琉球史散策/グスク時代

古琉球の偉人をカラーで描いてみようシリーズ。

第一弾(三山時代~第一尚氏王統)の最後はこの人!

泰期(たいき)!!

…って、なんか顔が阿麻和利みたいになっちゃったんですけど…
(まあ、海の男ってことで似てることにしておこう)

ポーズは、読谷村残波にある泰期像から取りました。
こっちにも)

1372年、中山王・察度の弟として、
初めて明国へ進貢使として渡ります。


これが、琉球ではじめての朝貢であり、
ここから中国との朝貢貿易がスタートするのです。

琉球の大交易時代はこの泰期から始まったのですね。


ちなみに、中山王・察度とは、
尚巴志・尚思紹親子が中山王になる、前の前の王様です。

察度王から武寧王になり、武寧の時に尚巴志がとって代わります。



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発掘作業

2010年10月24日 | ・琉球歴史/文化風景

今月はじめに行った、平日の首里城

平日の首里城は、発掘作業・修復作業をいたるところで目にしました。

そうか、土日は作業員さんたちもお休みなんだ。

こんなところも平日の首里城の楽しみの1つですね♪

↑は、奉神門前。

普段は普通の地面なのに、
この日は地面の石一つ一つが取り除かれ、
発掘作業が行われていました!!(驚)

なんでも、奉神門前には所々大きな甕が置かれていたらしく、
作業をしていた方の話によると防火用貯水甕ではないか、
とのこと。

へぇ~~~~~

首里城はまだまだ修復作業中。

来るたびに新しい首里城の姿を見ることができるので
楽しいですよ
(御内原との境の柵のこの日はなくなってた!公開も間近!?楽しみ~



この日の首里城正殿の様子。

左側側面にもなにやらシートが。

公式サイトを見ると、
正殿の漆塗りなおし作業、弁柄桐油を塗る作業に入ったようです。

この弁柄桐油こそが、
首里城の「朱」なのです。

この日は屋根に上って作業している人も見えましたよ




発掘作業といえば…。



ショクバに前任者が置いていった小さな冷蔵庫があるんです。

ワタシは普段使わないのでそのままほったらかし状態だったのですが
この間扉をあけてみたら……



霜スゴっっっ!!!!


どれだけすごいかって、
あけた冷蔵庫が閉まらないくらい。

冷蔵庫の半分くらいが霜っていうか、氷の塊。


うわーーーーーーーーーーーーー。


ハンマーで叩いてみてもびくともせず。

なので、ドライバーと木槌でひたすら氷塊に切り込みを入れ
少しずつ崩して…。

その様、まるで発掘作業のようでした
(ショクバの片隅でひたすらガンガンやってるワタシ…)

それでもあまりにもびくともしないので、
扉が閉まるくらい削って、電源を落としてこの日は帰り。

翌日、また発掘作業。
(電源落として一晩たってるにも関わらず、全然溶けない頑固な氷塊たち…)



写真はそのときの削った氷塊。
(初日も同じくらいありました)

もう、カキ氷機にセットするか?
ってくらいの氷塊。

何でも、使わないとダメですね



all photo by ケータイカメラ


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