※執心鐘入のあらすじは前記事、こちらからどうぞ
■組踊 執心鐘入■
今、舞台の袖から若松役の少年が出てきた。
その役者を見て真鶴はぶっと息を噴いた。
―――兄上、また若松を演ってる。
王府に永遠の美少年といえば嗣勇しかいない。
恋に溺れる女の悲しい性を引き出すには、
役者が本物の美少年でなければならない。
嗣勇が出てきた瞬間、御内原の女官たちはメロメロになった。
「嗣勇殿なら女官の掟に背いてもいいわ」
「この女官殺しーぃ!」
とかけ声がかかると嗣勇の役者魂に火がつく。
徹底的に若松になりきって、女の理性を吹き飛ばす色気をふりまくのだ。
*
若松と女の掛け合いは風流な韻律で進行する
今日のはつ御行合に 語ることないさめ
約束の御行合や だにすまたしちゃれ
袖のふやはせど 御縁さらめ
御縁てす知らぬ 恋の道知らぬ
しまし待ちかねる 夜明けの白雲
*
女がだんだんキレて鬼になっていく。
美少年に溺れて行く女の姿は息を呑むほどの迫力だった。
真鶴もまた評定所筆者だったときに「執心鐘入」を観た事がある。
その時は若松の気持ちしかわからなかった。
寧温に向けられた男たちの好色なまなざし、
女官たちの黄色い声は職務にはわずらわしいものだったからだ。
しかし今、真鶴になって「執心鐘入」を観ていると、
叶わぬ恋に溺れていった女の気持ちが痛いほどよくわかる。
「若松のバカ。彼女を鬼にしたのはあなたじゃないの。
お願いだから一度だけでも彼女に振り向いてあげて。
少しだけでも優しくしてあげて」
しかし舞台の若松は狙われた美少年という被害者の立場を徹底的に貫いている。
若松が女に向かって「恥知らず!」と罵った瞬間、
真鶴の胸は抉られた。
この組踊の作者は男尊女卑の権化だと真鶴は憤っていた。
「私が『新・執心鐘入』を書きます。退治されるのは若松のほうです!」
真鶴が鼻息を荒げて東苑を後にした。
その後ろを雅博が苦笑してついてくる。
「別にあなたが罰せられたわけではないでしょう」
「女を情念だけの生き物のように書くあの脚本に納得がいかないのです!
理性は男だけのものではありません。
女にだって理性はあるんです!」
意気軒昂になっていく真鶴に雅博はたじたじだ。
こんな人をどこかで見たことがある。
「テンペスト(上) 362-」より 池上永一著/角川書店
恋に溺れるあまり鬼と化した女。
しかし、この鬼の面に、どこか悲しみや悔しさも感じます。
テンペストの執心鐘入の場面を読んだからでしょうか。
それにしても、この女役の方、さすがにすごかったです。
ズームでずっと写真を撮ってたので、
ストーリーが進むにつれ、目がどんどん変わって行くのが分かりました。
ちなみに、組踊は歌舞伎みたいに全て男性で演じられます。
(…今も、だったと思う…けど)
今回も全て男性の方でした。
若松役の、指先の色気ががなんとも言えないですね