松木武彦『日本の歴史第1巻 列島創世記』(小学館、2007年11月)
このシリーズ、最初に読んだ第3巻が結構面白かったので、最初から読んでみることにしました。この巻では旧石器から縄文・弥生・古墳時代までの約4万年間(!)を扱っています。例によって面白かったポイントを挙げておきます。
○文化人類学者による、中国雲南省などに見られる照葉樹林文化を縄文文化の母体とする見方を批判。
……現在の雲南の民族社会と縄文社会とでは時代に5千年以上の開きがあるが、こういった時間の概念を度外視し、2つの文化の似た要素だけを寄せ集めて簡単に結びつけてしまうやり方はいかがなものかということです。私自身も専門の中国先秦史の研究でこういう安易な文化人類学的手法による研究がまかり通っているのを疑問に思っていたので、この主張には賛成です。
○文化の有り様や発展を民族の能力ではなく、その民族の置かれた環境の影響によるものと考える。
……縄文土器の造型が個性的なのは、縄文人がすぐれた造型感覚を持っていたからでも、彼らの生活が豊かで芸術に力を入れる余裕があったからでもないといったところからこういう考え方が出て来たわけですが、このあたりはジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』なんかに顕著に見られる発想ですね。そう言えば本書と前後して読んでいた池橋宏『稲作渡来民』(講談社選書メチエ、2008年4月)も『銃・病原菌・鉄』を引いていましたっけ。
○縄文社会は差別・格差の無い平等な社会であったとは単純に捉えてしまうのには問題がある。おそらくは平等の原理と序列の原理がせめぎ合う社会だったのではないか。
○弥生期の北海道は従来言われてきたような「続縄文文化」ではなく、九州や本州とは異なる形の「弥生文化」を形成しており、それがアイヌの文化へと受け継がれていったと考えられる。
……同時期の北部九州では中国の王朝との結びつきがより緊密であったことが原因となってヒエラルキー(寡頭的階層)による社会が形成されたのに対し、北海道ではヘテラルキー(多頭的階層)による社会が形成されたと説明しています。
この他、『稲作渡来民』ともども最近提示された炭素14年代測定法による新しい弥生時代の開始年代にどう対応するか苦労している様子が垣間見られたのが興味深いところです(^^;)
このシリーズ、最初に読んだ第3巻が結構面白かったので、最初から読んでみることにしました。この巻では旧石器から縄文・弥生・古墳時代までの約4万年間(!)を扱っています。例によって面白かったポイントを挙げておきます。
○文化人類学者による、中国雲南省などに見られる照葉樹林文化を縄文文化の母体とする見方を批判。
……現在の雲南の民族社会と縄文社会とでは時代に5千年以上の開きがあるが、こういった時間の概念を度外視し、2つの文化の似た要素だけを寄せ集めて簡単に結びつけてしまうやり方はいかがなものかということです。私自身も専門の中国先秦史の研究でこういう安易な文化人類学的手法による研究がまかり通っているのを疑問に思っていたので、この主張には賛成です。
○文化の有り様や発展を民族の能力ではなく、その民族の置かれた環境の影響によるものと考える。
……縄文土器の造型が個性的なのは、縄文人がすぐれた造型感覚を持っていたからでも、彼らの生活が豊かで芸術に力を入れる余裕があったからでもないといったところからこういう考え方が出て来たわけですが、このあたりはジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』なんかに顕著に見られる発想ですね。そう言えば本書と前後して読んでいた池橋宏『稲作渡来民』(講談社選書メチエ、2008年4月)も『銃・病原菌・鉄』を引いていましたっけ。
○縄文社会は差別・格差の無い平等な社会であったとは単純に捉えてしまうのには問題がある。おそらくは平等の原理と序列の原理がせめぎ合う社会だったのではないか。
○弥生期の北海道は従来言われてきたような「続縄文文化」ではなく、九州や本州とは異なる形の「弥生文化」を形成しており、それがアイヌの文化へと受け継がれていったと考えられる。
……同時期の北部九州では中国の王朝との結びつきがより緊密であったことが原因となってヒエラルキー(寡頭的階層)による社会が形成されたのに対し、北海道ではヘテラルキー(多頭的階層)による社会が形成されたと説明しています。
この他、『稲作渡来民』ともども最近提示された炭素14年代測定法による新しい弥生時代の開始年代にどう対応するか苦労している様子が垣間見られたのが興味深いところです(^^;)