ふと、思いました。
- 自分の意見を一般化して語る人には、要注意
ネットでときどき見かけます。リアルでも、たまに遭遇します。そして、かつての自分がそうでした。
誰かが一般論で何かを語るとき、その意見が、なんの目的で語られているかを見極めたい。
- その人個人の意見を、一般論になぞらえているならまだいい。
- その人個人の意見を、一般化して、あたかも普遍的なもののようにして語るのには要注意。
1. と 2. は、似ているけれど、はっきりちがう。
1. は、一般論をひっぱってきて、その人個人の意見を説明していること。
対して2. は、その人個人の意見を一般化して見せることで、権威づけようとし、話相手を従わせようとすること。
…だと、感じました。2.は、本当はケースバイケースですけれど…
「要注意」という表現に、思いを込めました。
主語を省きがちな日本語コミュニケーションにおいて、はっきりと「私は~~と思う」という表現は使いにくいかもしれないけれど、自分の意見を表明するときは、どうどうと、「私は~~と思う」と言おうではありませんか。
これ、よく子育て本などで見かける「I メッセージ」というやつです。
賛成ですぞ〜♪ 笑。
でも、意識していないところで
そんなこと(一般化)をしてしまっている気がします。それは、大抵の場合、余りよく
考えていない時に起きがちな気がします。
よくよく、考え抜いたのちに意見を
述べる場合は、それまでの過程で
ああでも無い、こうでも無いと自分なりに
考えを練った末の事ですから、そこまでの
意見がまとまる迄の過程の内で
細かい点まで、自分の考え方を点検して
みる機会があります。
他方、ちょっとした思いつきを披露する
ような場合は、そういった手順を踏んで
いませんので(笑)、自分でも根拠が
弱い意見を強化する為に、お手軽に
一般化したくなる様に思います。
ある意味では、自分でも根拠が乏しく
自信の無い意見を披露する場合に、よく
子供がする様に、「みんなも、やってる。
みんなも、持ってる。」と言いたくなる
のかも知れませんね? 無意識にでも。
あと、私の場合は、その事自体を
詳しくは知らない場合には、特に
自分では意識していないのですが
ついつい、一般化してしまいたくなるようです。汗。掘り下げて考えるだけの
手持ちの資料というか、根拠が乏しいので
何処かで聞いた様な気がした意見に
乗っかってしまいたくなるんですね。笑。
例えば、行った事も無い外国の事など
では、ステレオタイプの外国案内に
「ああ〜。そうなんだぁ!」と
てもなく、やられます。爆。
事情通とされる人の意見に、素朴に
「ああ〜。なるほどね〜。」と
感化されちゃいます。笑。
実は、何がなるほど、なんだか?
よく理解していないんですけどね。笑。
いつかの、「一を見て断ず」に
通じることですよね? 何か1つの
現象なり、人なりを見て、早合点して
決めつけてはいけない。
ましてや、それを普遍的な事の様に
捉えて発言するのは、危うい事ですよね。
そうは言っても、ついつい、やりがちですが。汗。
夕食準備中、ふっと思いついて書き留めたことに
対して、とても真摯なレス、ありがとうございます。
minminさんがおっしゃるように
意識していない所で、意見の一般化を自分も
しているような気がしてなりません。
「人のことホントは言えないんだよなぁ」って。
つい、一般化をしてしまう場合のご考察
なるほど、と思います。
>いつかの、「一を見て断ず」に
>通じることですよね?
覚えていてくださったんですね(^^)/
うれしいです。
よくぞ書いてくれました
こういうことはみんな思ってても
流されてしまって「まぁいいか・・・」
となってしまうことだと思います。
自分の上司も
主語が「私」ではなく
主語が名詞で始まって「~~です」という言い方をよくします
例えば「会社は運命共同体です」
みたいな言い方をします。
これは
「私は会社というものは運命共同体だと思います」
にできると思うのですが
そういう言い方はしません。
まさに
「その人個人の意見を一般化して見せることで、権威づけようとし、話相手を従わせようとする」
といのを感じとれます。
言ってる本人は気づいてるかどうかわからんけど
受け手ちゃんと気づいてるものなんですよね。
上司も相手に対し手っ取り早く従わせようという手法で無意識に使っているのかもしれませんが
そんなことは見抜く人は見抜くんですよね。
コメントありがとうございます~(^^)/
> 自分の上司も
> 主語が「私」ではなく
> 主語が名詞で始まって「~~です」という言い方をよくします
気になりますね。
主語が名詞で始まって「~~です」で終わる言い方、
権威づけのほかにも、
誰かの意見を引っ張ってくる場合にもしそうな気がします。
その場合、私ならソースを引っ張ってきて
「〇〇さんの本には~~と書いてあったよ」
というような言い方をします。
> 例えば「会社は運命共同体です」
> みたいな言い方をします。
えっっ、、会社って運命共同体なんですか?
ちょっとびっくりです。
あまりにも日本的。
その要素があることは否定しませんけれど、
他の見方だって山ほどあると思うのです。
「当たり前を問いなおす」というのが
哲学的なものの見方だそうです。
いや、私だって「PTAは任意団体です」といいます。
このことは、法律上の事実であり、動かないことがらです。
でも、「会社は運命共同体です」は
あくまでも個人の見方で、人により意見は変わるものです。
私も
> 「私は会社というものは運命共同体だと思います」
と言ってほしいです。
> 「会社は運命共同体です」
の後には、
・「貴方ががんばらないと会社はつぶれる。だから奮起せよ」
・「だから滅私奉公せよ」
とでも言いたそうな感じがします。
だったら、根拠やデータを示して、論理的に語って欲しい。
精神論にしちゃうのが痛いなぁ…(´・ω・`)
その上司の方の言葉、他にもいろいろあるのでしょうね。