ベンベエの詩的つぶやき

世の中をちょっと斜めに見て・・・

猫とテレビ

2011-01-19 19:25:35 | 日記・エッセイ・コラム

ふたりの姫のうち
シロはテレビが好き。
とくに動物の番組がお気に入りで
テレビの前にちゃんとお座りして見ている。
ときどき前足で画面を突いたり
うしろを覗いたりしている。

3Dにしてライオンが向かってきたら
彼女はどうなるだろうか。

初場所見物のみやげとして
築地のさつま揚げと紅サケを戴いた。
どちらも一級品で地元のスーパーには並ばない。

ところで大相撲だが
このごろあまり盛り上がらないようす。
テレビで見ていても随分と空席が目立ち
二階席などはがらがら・・・・

力士たちの不祥事にのみならず
先行きの見えない不況感
更には三役以上を外人力士で占められるという不甲斐なさに
起因するのではないだろうか。

     尾長来るキャットフードのみぞれ和え


どんど焼き

2011-01-14 12:10:36 | 日記・エッセイ・コラム

「トイレの神様」がヒットしている。
とてもいい詩だ。
その着眼と発想に脱帽です。
(女神さまがおるんやで)
関西弁が功を奏しているし
歌手の人柄に魅かれる。
「手紙・十五歳の君に」と並ぶ優れた詩である。

鍼灸の帰り
久しぶりに鴨南蛮をたべた。
この店の鴨南蛮は特においしい!
脂を適当に除いてあるので肉に臭みがなく
甘くやわらかい。
ネギもきちんと焼かれていて香りがよく
汁がしっかりしみ込んでいる。
あらたまの年、料理人にも気合がはいって
きょうの鴨南蛮は格別おいしかった!

日本の伝統文化の一つ
宮中歌会始め。
おおらかな朗詠に平安朝の幽玄の美が眼に浮かんでくる。

     
UFの窓より遥かどんどの火


すぐきの味

2011-01-07 12:40:00 | 日記・エッセイ・コラム

贈られてきた すぐき を茶漬けにして戴く。
喉を落ちる時
古い京町家の土間の香りがする。
ああ、ずいぶん長いこと京都に行っていないなあ。

むかし、叔父のアトリエが枚方にあったので
学生時代はそこを宿にして奈良・京都を散策した。
(亀井勝一郎の文庫本をポケットに)

今日のような旅行ブームにはほど遠く
嵯峨野や嵐山を歩いても人に会うのが珍しいほどであった。
寺の拝観料なども
無人の入口に小さな箱が置いてあるだけの
じつに鷹揚なものであった。

かつて進歩派を自称するひとたちから
セーヌ河の橋(ポンヌフ)と同じものを鴨川に架けようという
動きがあった。
さすがに実行には至らなかったが
もし実現されていたら
京の五条の橋の上
フルート吹きながら牛若丸が現われ
盾とホコと鉄かぶとの弁慶が・・・・・

     鍋つつく嘗て恥ぢらう箸ありし


時の流れに

2011-01-06 11:46:07 | 日記・エッセイ・コラム

かつて30代の青年期を共に自己研鑽に邁進した友が
ひさしぶりに訪ねてきた。

だが、どうしたことか
あの頃の情熱はすっかり消失して
孫が生甲斐というつまらない好々爺になってしまった。

周囲の若者に元気と希望を与え
君のスピーチは自信に満ちて眩しく輝き
若者のあこがれでもあった。

今、君は歳のせいにしてはいないか。
それとも達観してしまったか・・・・・・
時の流れの中で
君の言葉は使い捨てカイロのように
ぽさぽさと虚しくぼくの耳朶をかすめるだけだ。

芸大で作曲を学んでいる学生の母親から
いろいろ珍しいものが送られてきた。
気を遣わせてしまったが
春には来ていただけるよう楽しみにしている。

     日を溜めて開演まぢか冬木立


初夢

2011-01-03 10:23:58 | 日記・エッセイ・コラム

日本海側に大雪をもたらしてはいるものの
さしたる事故や事件もなく
列島を穏やかに三が日が過ぎている。

ゆうべ夢の中でとても素晴らしい詩が生まれた。
近年まれにみる傑作。
忘れないように
起きたら朝一番に書き留めておこうと
夢の中ではしっかりしていた。

ところがベッドから起き上がった瞬間、
その秀作はすっかり掻き消えてしまった。
逃がした魚ではないが何とももったいない。
ゆうべの夢を掘り起こそうと
前頭葉に神経を集中させる。
ちらちら ゆらゆら
そこにありそうで摑めない。
いらいら もあもあ
なんとしても思い出せず
とうとう熱がでてしまい葛根湯を飲む。

今年は忘れものに用心しよう!