裏ユキヒロック

ロックとバイクとラーメンが大好きだ。

ヒロシ&キーボー

2006年07月15日 | ひとりごと・日記
改めて考えてみたら、
この7月1日でブログ始めて、丸二年が過ぎていました。

もう7月半ばになっとりますが・・・俺、気付くの遅っそー(笑)

ま、ブログ歴1年だろうが2年だろうが、あんまし気にならなくなるほど、
書くことが日々の生活の中に入り込んできた証。

ある意味、歯を磨くとか、ご飯を食べるとかと
同じ感覚になってきたのかもしれない。

とは言え、2年間ってのは、
振り返ってみれば長いようで短く短いようで長かった。



この前、なにかの拍子に将棋の羽生将士(っても1コか2コ年下)をテレビ観た。

あの世界では若くして、天才と呼ばれいっとき時の人となった
羽生さんが35歳になった現在を追いかけたドキュメンタリー番組。

NHK 仕事の流儀 HP

その番組の中で、彼が言った言葉の中に

「才能とは努力を継続できる力」というのがあった。

あんなに強くて、「天才だ!天才だ!」と言われ続け
まさに、才能の塊だと思ってきた人が、
25歳でタイトル7冠を制覇し、ある意味頂点に立ってしまった後、
10年が過ぎた現在の心境がこれだ。

勝負の世界で生きてる人ってのは、真理を求める事に長けていると思う。

真理というものを持っていないと勝てない。
(いや、逆だな、負けた時に次に進めなくなるんじゃないのかな?)

勝負事というのは、「当るも八卦当らぬも八卦」とか「一か八か」じゃない。

所詮、生まれ持った才能というのは、かなり微妙の差であって、
勝負の世界では、もんのすんごい日々の鍛錬と、集中力の成せる技だと思う。


女の又に力と書いて「努」(いや、別に卑猥な意味でなくて)

「努力」ってのはきっと、子供を生むくらいのエネルギーが
必要なんじゃないかと思うのです。
(あ、なんだか今日の俺、金八先生 みたいだなー。(^~^;)ゞ )

「継続は力なり」「石の上にも三年」

自分の書いたブログを、残念ながら最初から読み返してる時間はないのだけど、
継続していればいつかきっと、そこに何かが見えてくるのではないかと思う。

ま、ほとんど与太話に終始してんだけども。(内容はともかくとして)

♪3年目の浮気なんか 多めにみろよ~♪

ヒロシ&キーボーじゃないけど、
週末まとめてUP状態にはなってしまいましたが、
みなみなさまがたにおきましては、末永く
隅から隅まで ズ・ズ・ズゥイ~~~と!!
ヨロシクお願いいたし奉り候~!

追伸

最近、コメントを誰も書いてくれなくて 寂しいわ☆ミ
取って食わないからさ、たまに足跡を残してくれよ~ v(^o^ )ー~

連れてくな!!

2006年07月15日 | 音楽
昨日の目覚ましTVで、
「忌野清志郎さんの喉頭ガンの治療に専念」
というショッキングなニュースを聞いた。

忌野清志郎さんの公式HP

「7月13日付のお知らせ」ということで本人直筆のメッセージが。

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~忌野清志郎 からのお知らせ~

「このたび咽頭癌と診断され 
長期入院治療にはいることに
なりました。スケジュールをすべて
キャンセルせざるを得なくなり、楽しみ
にしていてくれたファンの皆さんには
申し訳ない気持でいっぱいです。
本当にごめんなさい。

何事も人生経験と考え、
この新しいブルースを楽しむような
気持で治療に専念できれば
と思います。
またいつか会いましょう。
夢を忘れずに!

2006.7.11 忌野清志郎」

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「ロックンローラーは死なない!」

肉体は滅びようとも、まず作品が生き続ける。
そして多くのファンの心の中に生き続ける。
なにより、ロックはいつの時代でもティーンネイジのものであって、
常に新しい子供達に受け入れられ永遠に生きながらえるのだ。

・・・そう 子供達は未来であり・・・夢そのものだから。


でも、まだ 清志郎は絶対に連れてくなよ!!

帰ってくるまで 僕は祈り続けよう。

祈り?・・・はァ?そんなもんでどうにかなるってのかい?

そう、それはとても小さな行為かもしれない。
だが、世界中の人が祈れば
それはとても大きな波動になるのではないだろうか?
その波動が少しでも良い方向へと軌道をずらしてくれるだけで良い。

みんなで「イエイー!」って言えー!

清志郎が帰ってくることを祈ろう。
そして一緒に 夢を語ろう!


すんません、トラックバックの付け方を知らないので・・・
ここで失礼させていただきます。

トラックバック 波野井さんのブログ

梅雨だく

2006年07月15日 | ひとりごと・日記
梅雨だから雨は降って当たり前なのですが、
ココ最近の新潟の梅雨ってのは、
「あー、今年は天気が続きカラ梅雨だな~」と油断した頃に、
亜熱帯気候さながらのスコール風の土砂降りが
集中して降ることが多い。

急激な環境変化は、中国経済の急成長に伴う
環境破壊のせいじゃなかろうか?
などと妬み半分だろうとも思うが、実しやかに囁かれています。

2年前の7月13日。

我が町を南北に二分する川(五十嵐川)が、大雨による増水で、
堤防を決壊し、町の南側の全域を大洪水にした災害が発生し、
その洪水によって9名もの命を奪う結果となった。

幼少からの友人達の家のほとんど被害にあってしまい、
首まで浸かるほどの川の水は、大量の泥と共に町を飲み込んだ。

幸い、僕の家は被害を免れたが、実家は車庫が全部水に埋まった。

災害時は会社で、大雨の中 土嚢をひと晩中作り続けた。

仲間の家に片付けの手伝いに行った、
あの光景は今でも忘れない。
いや、恐らく一生忘れられないだろう。

自衛隊のヘリが飛び交う物々しい状況が続き、
家の中は汚泥まみれで耐え難い悪臭が発生し、
車・家具・電化製品・・・ありとあらゆるものが一瞬でゴミとなった。

水道・ガス・電気・・・ライフラインの壊滅。

中でも一番困ったのは水が出ないこと。
出てもチョロチョロと微々たる水量で、
泥だらけの家の中の片付けがおぼつかない。
飲料水と食事だけはなんとか配給があったが、
配給の弁当も、冷蔵庫がないのですぐに痛んでしまうような有様。

そんな中、他県から消防団や一般の大勢のボランティアさんが
来てくれて随分、心強い思いもした。
唯一、良かったと思えるのは、人の優しさの有難さってのを
肌で感じられたことくらいかもしれない。

「人間ひとりの力は、脆くて弱い。」

ほんとに辛いときって、涙も出ないんだってことも知った。

でも、集まり協力し励まし合えば、
どんな辛いことでも乗り越えられる力も持っているのだってことも学んだ。

災害後の町は一時、被害にあった住宅の取り壊しが進み、
あちらこちらが空き地になって寂しい思いもしたが、
徐々に新しい住宅地となったり、アパートが建ったりして、
表面的には随分、持ち直しては来ているが、
いまだ、30軒以上が仮設住宅を離れることが出来ていない。

想像の域を出ませんが、
残ってる人たちは、経済的にももちろんだが、
おそらく身寄りのないお年寄りとかにとって、
住み慣れた場所(コミュニティ)を離れ、
新しい生活をする程の希望を持つことが難しいのでないかと思う。

やっぱ、夢や希望って生きてく上での
大切な原動力なんだろうなー。
「夢や希望」・・・綺麗な言葉で、簡単に口にするけど
・・・なかなか難しいね。

なにかと鬱陶しい梅雨が明ければ、また夏いあつ・・・
・・・いや、あつい夏が来るじゃない?

はやく! 夏よ 来ーーーーい!

犬のおまわりさん

2006年07月15日 | ひとりごと・日記
この前ご好評いただいた(ほんとかよ~?)
「ささのはさらさら」に気をよくして童謡ネタの続き。

今回は 童謡 「♪いぬのおまわりさん」

これって迷子になったのネコですよね。
で、犬のお巡りさんに道を尋ねる訳ですが

・・・最初っからネコと犬じゃ会話にならんやろう!

ネコはネコ同士 犬は犬同士で話をしようぜ!

と思うのは僕だけでしょうか?

何故か虎とウサギとオーム等が友達同士の
「しましまとらのしまじろう」じゃねーんだからさー。

しまじろうが本当に腹減ったらおまえら喰われちゃうぞーーー!
仲良くしてる場合じゃなかろうがーーーー!!

「志村 後ろー! ほら 後ろー!」の、
8時だよ全員集合の子供の気分だな。


だいたいさ、子ネコが犬に出逢ったら、ビビッてさ
そりゃーニャンニャンニャニャーって、鳴くしかねーよなー。

「基本 おかしくね?」 っつー。

更にですよ、そこの旦那!

2番に到っては基本どころでなく、

♪まいごのまいごの こねこちゃん
このこのおうちは どこですか
からすにきいても わからない
すずめにきいても わからない

ネコとまともに喋られないくせに、
カラスとすずめに聞いてどないすんねん!

カァーカァーとピーチクピーチクしか言わんがな。

わいの方が (ToT)o 泣くたくなりまんがなー!
エーン エーン!
そりゃー わてかて 大阪弁にもならなー・・・やっとれんわー!!

って、失礼しましたー! 
ハイ! チャンカチャンカチャンカチャンカ♪

Boys Don't Cry

2006年07月15日 | ひとりごと・日記
自分の書いたことを消したりすることは、
たぶん今までしたことがないかも。

訂正やお詫びは書いたけど、間違っていたとしても、
一回書いてしまったことを消すことはなかった。

「それをやっちゃー意味がない。」と思っていた。

たとえ間違っていようが、勘違いであろうが、
Liveってそうゆうことだと思ってた。

言葉でも文字でもそれは見えないものであっても、
一瞬でもソコに存在した以上、
まったく無かったことに・・・リセットなんかできないのである。

昨日、掲示板で「愚痴ですが・・」と言い訳しつつ、
書いたことを消してしまった。
少しパニクっていたのは事実なのだが、
掲示板なんかで他人に聞いてもらう前に、
きちんと日記(=自分個人)の中で、
自分なりに整理してから、他人に話すべきだと思った。

いろんな事が自分の思いもしない形で、いや思っている以上に
まるで嵐のような反響で次々と帰ってきてしまい、

「俺ってのが変テコで、間違ってんかな~」と、

自分の良かれと思う言動が他人に与える影響力に怖さというか、
恐ろしさというか、果たしてそれは善い事なのかという、
根本的に揺らいでしまった。

どうせなら全部消しちゃって、そして傍観して黙っていることの方が
良いこともあんのかな?って。

いや、間違ってる部分もあるし、間違っていない部分もある。

もちろん全部が全部「俺って素敵」ってことでは決してないのですが、
「素敵な自分」に誰でもなりたいのだ。
そういうのがエゴで見栄でプライドってやつなんか?
んにゃ、アタリマエのことだろ?

僕の廻りのなるべく多くの人達がHappyになれるべく、
僕は僕の信じるなるべく正しいことを言い、
そしてなるべくその方向に向って行動する。

時に迷惑がられても、誤解されても、
僕のできることを、できるだけやるしかないのだ。

間違っていることは反省し、必要ならば修正はするけど、
全部無かったことにして、消してしまうようなことはしてはいけない。
時々、間違っちゃうのも、それも僕自身だから。

だからと言って 俺は泣かないぞ。 
(だって男の子だもん(^_^;))

心が折れそうになる時、泣きそうな時に聴く曲がある。

ザ・キュアーの「Boys Don't Cry」

男の子は泣かない 泣いちゃいけないのです。

(全体の歌詞の意味がそういう意味ではないとしても、
僕の中ではそういう歌なんだと思っている。)

生きてるだけでなく、本当の意味で活きていたいのなら、
泣いたり、愚痴言ったり、言い訳してる暇などねー。

だから、ぶっ倒されても ぶっ倒されても 
僕は 立ち上がるしかねーんだ。

カッコ悪くてもそうやって立ち上がっていると、
理解しようとしてくれたり、応援してくれたり、
助けてくれる人が必ずいるんだよね。

万人に誤解されようとも、まったく理解されなくったて、
たった一人でもいいんだ。

たった一人でも分かり合えることができたなら、
それはどんなに意味があることだろう。