住職のひとりごと

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真言宗の歴史 後編 近世以後の歩み

2006年12月10日 08時42分24秒 | 日本仏教史、インド中国仏教史、真言宗の歴史など
(以下は、大法輪誌平成19年3月号「特集真言宗がわかる」掲載のために著した文章の下書です。誤字脱字不整合があると思いますがご了承下さい。)

戦国時代、高野山や根来山では、学道研修を旨とする学侶に対して、諸堂宇や荘園寺領の管理に従事する行人があり、彼らが時勢に迫られて僧兵となります。四隣を攻略、他領を略奪して、根来は七十万石、高野山は百万石を領するようになります。

織田信長は十三万の軍勢で高野山を包囲攻撃しますが陥落せず、豊臣秀吉は天正十三(一五八五)年十万の軍勢を配して根来寺を攻め焼き払います。そして秀吉は高野山にも迫りますが、高野山客僧木食応其が陣中にいたり無事を乞い願うと、秀吉は逆に青厳寺(今の金剛峯寺)を寄進。天下統一後、東寺にも寺領を寄せて五重塔を建立します。

一方、焼かれた根来寺では、学頭であった専誉(一五三〇ー一六〇四)と玄宥(一五二九ー一六〇五)が学徒を率いて高野山に逃れ、その後専誉は豊臣秀長の請により天正一五年豊山長谷寺に住して奈良時代からの霊場寺院を学山として栄えさせ、玄宥は慶長五年(一六〇〇)徳川家康より寄進された京都智積院を本拠として学徒の養成に努めました。

江戸時代に入ると、寺院法度が発布されて寺院統制が厳しくなる一方で、幕府は寛永年間に仁和寺など門跡寺院に寄進して堂塔伽藍を改修させ、大覚寺、醍醐寺など大寺は概ね旧観に復することができました。

そして、高野山の頼慶が家康の信任を得て諸山に勧学の朱印を下すなど勧学運動に励み、学徳兼備の者にあらざれば大寺に入住させずとの規程を設けて、教学の振興を計りました。

また高野山ではこの時代、高野浄土を説いて諸国遍歴した高野聖により祖先の霊骨を高野山に納骨して菩提所とする観念が浸透し、多数の大名の五輪塔が奥の院参道に建立されました。

新義真言宗では、五代綱吉の時、帰依を受けて亮賢が江戸に護国寺を、また隆光は神田橋外に護持院を建立。特に隆光(一六四九ー一七二四)は、綱吉の生母桂昌院からも帰依され、元禄三年(一六九〇)隆光は覚鑁上人に大師号を奏請、興教大師号を賜ります。元禄八年隆光は大僧正に昇り、新義真言の僧録司に任ぜられ、その勢威並ぶ者なく、それによって、関東他派の多くの寺院を新義真言宗に転じました。

また、智積院の学頭に運敞(一六一四ー一六九三)が出て最盛期を迎えると、後に倶舎唯識の性相学が盛んとなり、豊山にも影響して斬新な学風を打ち立て多くの学者を輩出し、あたかも南都仏教が両山に移転した観を呈したと言うことです。

寺壇制度ができて生活が安定し安逸に耽る僧界に対する非難の声が挙がると、戒律の復興運動が起こります。真言宗では正法律の興起をもたらし、明忍の志を継いだ浄厳(一六三九ー一七〇二)は、戒を仏道修行の基本と位置づけて如法真言律を唱導。元禄四年江戸に霊雲寺を開創して、数多の帰依を受けます。

また、正法律を公称する慈雲尊者飲光(一七一八ー一八〇四)は、釈尊在世時の戒律復興を目指して無数の道俗を教化。「十善法語」「人となる道」など、かな言葉で書いた著作をなし、十善戒を人の人たる道と説いて、釈尊の根本仏教への復帰を提唱します。この慈雲による十善の教えは、後生の仏教者にも多大な影響を与えました。

明治維新にあたり明治初年に発令された神仏分離令は、神仏習合を推進してきた真言宗寺院に大きな打撃を与えました。明治四年には諸山の勅会が廃止となり、承和二年(八三五)より宮中真言院で行われてきた真言宗による後七日御修法も中絶。しかしこれを憂いた雲照律師らの嘆願により、明治十六年東寺灌頂院にて御衣加持を主として再興され、現在も一宗を挙げて謹修されています。

そして、明治五年、維新政府によって一宗一管長制が定められると、金剛峯寺と東寺が古義真言宗の総本山、長谷寺と智積院が新義真言宗の総本山として各寺より輪番で管長を出すことになります。

明治八年には合同真言宗が成立しますが、その後も離合集散を繰り返します。明治十八年、初めて新義派の派号が公称され、さらに明治三十三年各山各立別置管長制度を確立して新義派が二分し、長谷寺を本山とする豊山派と智積院を本山とする智山派が独立します。

そして昭和十四年には、戦時下で強制的に一宗にまとめられ大真言宗を名乗りますが、戦後新しい宗教法人のもとに戦前にもまして各派が分派乱立し現在に至っています。しかし、昭和三十三年には、真言宗各派総大本山会が発足。各本山を結集して正月の後七日御修法を修すなど、協同事業が計画されています。

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