住職のひとりごと

広島県福山市神辺町にある備後國分寺から配信する
住職のひとりごと
幅広く仏教について考える

11/21・22 『ベンガル仏教徒』きたる

2008年11月23日 18時57分21秒 | 様々な出来事について
11月21日、重なる時は重なるものだ、その日は朝8時から寺内の月例行事薬師護摩を焚き、11時から府中市の國分寺檀徒の葬儀を勤め、午後1時半、わざわざここ福山まで遠路はるばるお越し下さったバングラデシュのベンガル仏教徒を福山駅にお迎えした。

彼らは、西暦8世紀から12世紀にかけてインド中部地方から、アッサム、マニプール地方を旅してミャンマー国境近くの港町チッタゴン(現バングラデシュ)に移住し、イスラム教徒からの侵略に遭いながらも仏教を守り通してきたインドの伝統ある仏教徒である。私は今から15年ほど前、彼らベンガル仏教徒が、東ベンガルのコルカタに拠点を設けた仏教会、バウッダ・ダルマンクル・サバー(Bauddha Dharmankur Sabha)で比丘となり僧院生活を送らせていただいたことがある。

実はそのことをホームページにも記し、様々なところで語ってきたことをお知りになられた、 佐久総合病院地域医療部地域ケア科医師・色平哲郎氏よりご紹介を受け、この度お二人をお招きすることになった。お越し下さったのは、併設するアグラサーラ仏教孤児院(Agrasara Bauddha Anathalaya)の事務総長でスダルシャン・ヴィハール(Sudarshan Vihar)住職スミッタナンダ長老(Ven Sumittananda Thera)とその孤児院の経営委員会主席顧問であるボシュ・M・バルア博士(Basu M Barua,Ph.D.)のお二人である。

お二人はこのほど11月14日から17日まで東京の浅草ビューホテルで開催された世界仏教徒連盟(WFB)主催の『世界仏教徒会議』に招聘され、会議に出席後、西日本を巡錫の傍らお寄り下さったのである。駅の改札遙か向こうからお姿が見えると、もう、自然と手を振って昔からの知古のようにお互いに合掌し邂逅した。

國分寺にお連れする道すがら、ベンガル仏教徒との関係などを話すと多くの関係者が互いの知人であったことなどを知り、不思議な因縁を感じさせられた。バングラデシュの国情は、周知の通り、日本の三分の一ほどの国土はガンジス川下流域の水害の多い土地であり、そこに一億四千もの人々がひしめき、国民一人あたりの平均年収は20万円程度という。

1943年の大飢饉で多くの人が亡くなり、家を失い孤児となった子供たちのために設立されたのがチッタゴンから35キロの東グズラ村にあるアグラサーラ仏教孤児院である。この孤児院を創設されたのは、ボシュ博士の叔父にあたるヴィスッダナンダ大長老(Ven Vishuddhananda Mahathero)で、1994年に85歳で亡くなるまで、ベンガル仏教徒の最高指導者であったばかりか、世界の宗教者と共に様々な平和活動に参画された。自国からはもとより、モンゴル政府やノルウェーのガンジー平和財団などから平和賞を受けられている。

現在では、孤児院の他、小中学校、高校、女子短期大学、女子宿舎、募婦ホーム、職業訓練センターを含む複合教育・訓練施設として発展を遂げている。現在孤児院には約300人ほどの子供たちが生活をともにしているという。しかし昨年3月第3代院長スニッタナンダ長老を交通事故で失い、その経営は現在ひどく悪化しているのだという。そのため急遽兄であった米国アリゾナ州在住のボシュ博士が経営全般の指導に当たられているのであった。

いただいた資料には、月間で食費の経費予算は、603,743円と記されている。283人で計算されているので、一人あたり、月間2,133円であるから、一日あたり、71円ということになる。さすがに物価の安いバングラデシュでも、この金額では満足な食事がとれないのではないかと思われる。がしかし、実は、実際の収入が乏しいため、この数字で計算した見積もりに見合う食事さえも提供できていないのが現実なのだという。

バングラデシュ政府からは実際の収入の15.5%ほどしか補助が得られず、多くを海外からの援助に頼っているのは、どこの海外ボランティア施設とも共通しているが、それでもこのアグラサーラ仏教孤児院は思ったほどその比率が大きくない。外国からの寄附依存度は、58%ほどだ。手細工や農作物など自らの生産活動によって、17%もの収入を生み出し、卒業生や教授陣からも寄附があり、厳しい運営を続けている。

アグラサーラとは、インドの言葉で、「指導者、先駆者」との意で、「先んずる、他にぬきんずる、開始する」との意味もある。開設された当時誰も行っていなかった福祉事業としての正に先駆者として、他にぬきんでて開始された本事業の趣旨を理解の上、ヴィシュッダナンダ大長老の尊いお心のともしびを絶やすことのないよう、支援の輪が拡大することを切に念じたい。

國分寺ではこうした孤児院に関する話の他、コルカタのダルマンクル寺院にまつわる話題や私のインドでの体験談なども含め楽しく語らううちに瞬く間に数時間が過ぎていた。國分寺本堂で般若心経をお唱えし、また、スミッタナンダ長老からもパーリ語のお経を聞かせていただいた。コルカタの寺院発行で私が所持していた、B.M.バルア博士(アジアから初めて英国に留学されロンドン大学で博士号を授与された仏教学者)やラーフラ・サンクリトゥヤーヤン博士の記念誌などを特に興味深くご覧になっておられた。

またこの度の『世界仏教者会議』では、世界的に問題視されているグローバリズムについて言及し、それによって心の植民地化が起こっている、世界の多様な文化社会経済の大切さを理解し、地域別の自立を目指すローカリゼーションを推進すべきであるとの結論を得た。さらに世界的な問題として自殺者の多発に対する対応や終末期医療のあり方などに仏教が役割を担うべきことなどが確認されたという。

翌日は、福山の明王院に参詣していただき、また國分寺にお連れして昼食を南方仏教徒の作法に則りお取りいただいた後、広島に向けてお発ちになられるお二人に福山駅で別れを告げた。来年2月にはヴィスッダナンダ大長老の生誕百年祭が盛大に行われる。日本からも多くの関係者が招かれるという。私もボシュ博士より親しく参加を勧められたが、日程がとれるかどうか、時期的に困難が予想される。が、いずれにせよ、この度の願っても得られないであろう誠に貴重な御縁に感謝し、同じベンガル仏教徒からいただいた多くの恩恵に報いていきたい気持ちで一杯である。

http://www.agrasara-fund.jp/index.html

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