私的図書館

本好き人の365日

十一月の本棚 4 『パン屋再襲撃』

2005-11-26 22:40:00 | 本と日常
村上春樹さんの本の中で、私がもっとも気に入っているのは、『パン屋再襲撃』という表題で出されている作品集です*(音符)*

収められている作品は六つ。

どの作品にも”大人の香り”が漂っていて、十代の頃手に取るのは、何となく得意な感じでした☆

表題作にもなっている、『パン屋再襲撃』は、深夜にとてつもない空腹感に襲われた男女のお話。

二週間前に結婚し、一緒に暮らし始めたそんなある夜。
まるで『オズの魔法使い』に出てくる竜巻のように、理不尽とも思える圧倒的な空腹感が二人を襲います。
冷蔵庫を何度開けてみても、中に入っているのはドレッシングと缶ビール、ひからびた二個の玉葱にバターと消臭剤だけ。

「こういうのって結婚したことと何か関係があるのかしら?」

夜の十二時を過ぎてから食事をするために外出するのはどこか間違っている、という妻の主張を尊重した夫は、前にもこんなひどい空腹感に襲われたことがあったのを思い出します。

「パン屋襲撃のときだ」
「パン屋襲撃って何のこと?」

ものすごく生活感のある描写の中に、心の風景が”ひょい”と飛び込んでくる感じがして、まるで人間が遠い昔に無くしてしまった尻尾を、ふいにつかまれたみたいな感じ♪(つまり何に引っ張られているのかわからない!)

そしてそのわからないところがとっても魅力的なんです*(星)*

『象の消滅』は、ある日ふいに消えてしまった象と飼育係のおじさんのお話。

新聞の地方版ページに載っていた「―町で象が行方不明」の記事。
なぜか「象」の記事を残らずスクラップし、象と飼育係りが最後に目撃された日に、その象舎を裏山からのぞいていた男。
その男は、その新聞記事が奇妙な書かれ方をしていることに気が付きます。

鍵をかけられたままの足かせ。
とうてい乗り越えられないだろうし、乗り越えた傷もない柵。
脱走したのなら残っているはずなのに、見つからない象の足跡。
記者は明らかにこの象は脱走したのではないと思ってこの記事を書いている。

そう、この象は「消滅」したのだ。
忽然と、飼育係と共に。

電気メーカーの広告部に勤めるその男は、物事を便宜的にとらえることで成立しているこの世界で、冷蔵庫を宣伝し、デザインの統一されたキッチンの重要性と役割を、自分でも信じていないのに、仕事と割り切って説明しています。

「世界は本当に便宜的に成立しているの?」
「ただそう言ってみただけです」

消えた象と、電気メーカーの広告マン。
まるで作者は、私たちのこの世界には、消えてしまった象が何頭もいて、みんなそのことに気が付いていないと言ってるみたい。

「象が消えてしまうなんて誰にも予測できないもの」
「そうだね。そうかもしれない」

「そうかもしれないということは、象が消えることは少しは予測できたっていうことなの?」

もう一つ、『ファミリー・アフェア』という作品もお気に入りなのですが、長くなるのでやめておきます(^_^;)
好きな作品になると、ついつい手が止まらなくなってしまって(苦笑)

あとの三つのお話は…

失われた大陸(に代表されるもの)と、失った双子(が代表するもの)のお話。
『双子と沈んだ大陸』

長い題名の短いお話。
『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』

女たちと猫のワタナベ・ノボルと世界のねじを巻くねじまき鳥の出てくるお話。
『ねじまき鳥と火曜日の女たち』

村上春樹さんの世界は、どこかすごく現実的で、だけどどこかズレていて、そしてどこか変なところが大好きです*(星)*

この中では、やっぱり『パン屋再襲撃』が一番好きかな*(ハート3つ)*
お手ごろな値段で本屋さんに並んでいるので、よかったらお試し下さい☆







村上 春樹  著
文春文庫