名古屋の金山の沿道の鉢植えのももの花
この石膏像をよくみてください。
こちらは、
通称「カラカラ帝」
ほんとの名前は、ユリウス・パッシアヌス・・188~217
遠征の途中で暗殺される。。ローマ皇帝
背が低かったので大きく見えるように
カラカラといわれるフードつきのマントを着ていた。
それでこう呼ばれるようになった。
弟のゲタ↑と仲が悪く先帝が死ぬと、それがエスカレート
ついに、和解協定の名目で呼び出して母親のまえで殺すのです。
皇帝の座にはついたけれど、罪の意識におびえ、
ゲタの記憶につながるようなものを排除しようとして
ゲタの側近から、係わり合いになった人々を次々と処刑し
2万人を超える人が殺害されたらしい
喜劇の登場人物からすらもゲタの名は消えたそうな。
以後も暴虐の度は増し、ローマやその属州は恐怖に陥った。
皇帝就任後7年で下級兵士の一人に殺された。
今もローマ郊外にカラカラ帝の作った浴場は残っています。
図書館にや運動施設を伴った1600人も入れる浴場です。
2000年も前に民衆の人気取りためにこんな施設を作ったんですね。
ずいぶん前に行った時にその豪華さ大きさに驚きました。
すごい権力と財力を忍ばせます。
みっちゃんの木炭デッサン、。
そんな感じがうかがえますか?
また一方フィレンチェの色男メディチの侯爵の息子
「ジュリアーノ。メディチ」の木炭デッサン。
この石膏像の元の像は本人と似てないそうです
作者ミケランジェロの理想の男性像のようですよ。
でもお金持ちのやさしくてハンサムで御家柄がよくて・・・
男色であったそうですが・・・彼でメディチノ本家は滅亡してしまうのですよ。
人の顔って面白いですね。
人は外見で判断してはいけなといいますが・・
若くてきれいな人にデレデレはいつの世も同じだと・・思いませんか・
私も「カラカラ帝」の石膏像より、
メディチの石膏像のほうのデッサンに力が入りますもの~
面白いという点ではカラカラ帝のほうが描きがいがありますが・・
皆さんはいかが?
きょうも、どちらも、楽しく描きましたよ。
読んでくださってありがとう