永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(725)

2010年05月05日 | Weblog
2010.5/5  725回

四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(12)

 冷泉院から大姫君へのご所望について、この兄君たちは、

「なほ物の栄なき心地こそすべけれ。よろづの事、時につけたるをこそ、世の人もゆるすめれ。げにいと見奉らまほしき御有様は、この世に類なくおはしますめれど、盛りならぬ心地ぞするや。琴笛の調べ、花鳥の色をも音をも、時に従ひてこそ、人の耳もとまるものなれ。東宮はいかが」
――なんとも栄えない感じがします。何事も権勢についてこそ世間の人も承知するものでしょう。なるほどあの御方(冷泉院)は、この世に二人といらっしゃらないご立派さでいらっしゃいますが、退位された御身で、お歳が盛りを過ぎておられますことを考えますとね。東宮へのご入内はいかがなのですか――

 と、玉鬘にお話しにお聞きになりますと、

「いさや、初めよりやむごとなき人の、かたはらもなきやうにてのみ、ものし給ふめればこそ。なかなかにてまじらはむは、胸痛く人わらはれなる事もやあらむと、つつましければ。殿おはせましかば、行く末の御宿世々々は知らず、ただ今はかひあるさまに、もてなし給ひてましを」
――さあ、それも、東宮には初めから夕霧右大臣のご長女の大姫君という方が、御寵愛を一人占めしていらっしゃるようですからね。中途半端な具合でお仲間入りさせますのも、胸が痛く世間体の悪いこともあろうかと気が退けるのです。髭黒大臣が生きていらっしゃったなら、将来の御運御運はとにかく、今を、甲斐あるようにお世話なさったでしょうに――

 などと、お話になると、皆しんみりとしてしまいました。
姫君達は、まだ碁をつづけては勝ち負けに興じております。春の空も霞がかってきましたので、端近に場所を変えて、女房たちもそれぞれの方を応援しているのでした。

「折しも例の少将、侍従の君の御曹司に来たりけるを、うち連れて出で給ひにければ、大方人少ななるに、廊の戸の開きたるに、やをら寄りてのぞきけり」
――このような折に、あの蔵人の少将が藤侍従のお部屋に参ったのですが、侍従も兄君たちとお出かけになって、人影がまばらなうえに、廊の戸が開かれたままになっています。そこからそっと覗いてみますと――

「かううれしき折を見つけたるは、仏などのあらはれ給へらむに、参りあひたらむ心地する」
――こうも絶好の機会を見つけたことは、仏のご出現などに参り合わせた気がする――

 と大喜びなさるとは、蔵人の少将も他愛ない心というもです。

◆写真:源氏物語絵巻「竹河」復元模写
大姫君と中君が碁を打っている。
大姫君に心を寄せる蔵人の少将が、右下で垣間見の機会をねらって忍んでくる。

ではまた。