2010.5/12 732回
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(19)
「少将の君をば、母北の方の御うらみにより、さもや、と思ほして、ほのめかし聞こえ給ひしを、絶えておとづれずなりにたり」
――(玉鬘としては)蔵人の少将のことでは、母君の雲居の雁の恨みから、それなら少将を中の君の婿にしてはどうかと思われて、仄めかすように申し上げましたのに、少将からは、とんと音信が途絶えておしまいになりました――
冷泉院には夕霧の子息たちも、親しくお仕えしておりましたが、大姫君が参院されてからは、蔵人の少将はほとんど参上せず、たまにお顔をお見せになっても、つまらなそうに逃げるように退出するのでした。
一方、今帝からは、
「故大臣の志おき給へるさま異なりしを、かく引き違へたる御宮仕えを、いかなるにか、と思して、中将を召してなむ宣はせける」
――故髭黒大臣が、大姫君を帝に差し上げようと、特に定めておられましたのに、それに反して、冷泉院に参ったことをどうした訳かとお考えになって、中将(大姫君の兄君)を呼び出してお咎めがありました――
「御気色よろしからず。さればこそ世人の心の中も、傾きぬべきことなり、と、かねて申ししことを、思しとる方異にて、かう思し立ちにしかば、ともかくも聞こえ難くて侍るに、かかる仰せ言の侍るは、なにがしらが身の為にも、あぢきなくなむ侍る」
――(帝の)御機嫌が悪うございました。ですから、冷泉院へ差し上げては世間も必ず不審に思うに違いないことですと、前々から私が申しました事を、母上のご意見が私と違って、このように決意されましたので、私としては何とも申し上げにくいのですのに、帝からこういう仰せがありますのは、私共の将来のためにも面白くないしだいなのです――
と、母上を非難なさる。
ではまた。
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(19)
「少将の君をば、母北の方の御うらみにより、さもや、と思ほして、ほのめかし聞こえ給ひしを、絶えておとづれずなりにたり」
――(玉鬘としては)蔵人の少将のことでは、母君の雲居の雁の恨みから、それなら少将を中の君の婿にしてはどうかと思われて、仄めかすように申し上げましたのに、少将からは、とんと音信が途絶えておしまいになりました――
冷泉院には夕霧の子息たちも、親しくお仕えしておりましたが、大姫君が参院されてからは、蔵人の少将はほとんど参上せず、たまにお顔をお見せになっても、つまらなそうに逃げるように退出するのでした。
一方、今帝からは、
「故大臣の志おき給へるさま異なりしを、かく引き違へたる御宮仕えを、いかなるにか、と思して、中将を召してなむ宣はせける」
――故髭黒大臣が、大姫君を帝に差し上げようと、特に定めておられましたのに、それに反して、冷泉院に参ったことをどうした訳かとお考えになって、中将(大姫君の兄君)を呼び出してお咎めがありました――
「御気色よろしからず。さればこそ世人の心の中も、傾きぬべきことなり、と、かねて申ししことを、思しとる方異にて、かう思し立ちにしかば、ともかくも聞こえ難くて侍るに、かかる仰せ言の侍るは、なにがしらが身の為にも、あぢきなくなむ侍る」
――(帝の)御機嫌が悪うございました。ですから、冷泉院へ差し上げては世間も必ず不審に思うに違いないことですと、前々から私が申しました事を、母上のご意見が私と違って、このように決意されましたので、私としては何とも申し上げにくいのですのに、帝からこういう仰せがありますのは、私共の将来のためにも面白くないしだいなのです――
と、母上を非難なさる。
ではまた。