2010.5/13 733回
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(20)
玉鬘は、
「いさや、ただ今かう、にはかにしも思ひ立たざりしを、あながちに、いとほしう宣はせしかば、後見なきまじらひの、内裏わたりははしたなげなめるを、今は心やすき御有様なめるに、任せ聞こえて、と思ひ寄りしなり。誰も誰も、便なからむ事は、ありのままにも諌め給はで、今引き返し、右の大臣も、ひがひがしきやうに、おもむけて宣ふなれば、苦しうなむ。これも然るべきにこそは」
――いえね、私もこれほど急に思い立ったわけでもありませんのに、冷泉院から無理矢理にお気の毒なほどの仰せがありましたので。後見のない宮仕えは肩身が狭く具合が悪いでしょうし、院は今では気楽なご様子らしくお見受けしますので、それではお任せ申してと、考えついたのです。誰一人、不都合なこととは率直に諫めてもくださらず、今になって急に、夕霧大臣も私のやり方が悪いように仰るそうで、困ってしまいます。これも前世の宿縁というものでしょう――
と、おだやかに、少しも心騒がしい風はなくおっしゃる。中将はまた、
「その昔の御宿世は、目に見えぬものなれば、かう思し宣はするを、これは契りことなるとも、いかがは奏し直すべき事ならむ。中宮を憚り聞こえ給ふとて、院の女御をば、いかがし奉り給はむとする」
――お言葉の、前世の宿縁は目に見えないものですから、帝がこれほどおっしゃるものを、「それは御縁のなかったことでした」などと、どうしてお言葉をお返しできるでしょう。明石中宮にご遠慮なさるとおっしゃるなら、では弘徽殿女御にはどうなさるおつもりなのですか――
さらに、
「後見や何やと、かねて思し交はすとも、さしもえ侍らじ。よし、見聞き侍らむ。よう思へば、内裏は、中宮おはしますとて、他人はまじらひ給はずや。君に仕うまつることは、それが心やすきこそ、昔より興あることにはしけれ」
――弘徽殿女御を御後見とかなんとか、今はお力を頼っていらっしゃいますが、実際にはそうも出来ませんでしょう。まあご様子を見聞きしておりましょう。よく考えてみませば、帝には明石中宮がれっきとしておられると言いましても、他にお仕えなさっている方がいらっしゃらなくはないでしょう。君子へのご奉公というものは、誰でも競い合いが気軽でこそ、昔から興があったのですから――
そして、さらに、
「女御は、いささかなる事の違目ありて、よろしからず思ひ聞こえ給はむに、ひがみたるやうになむ、世のきき耳も侍らむ」
――弘徽殿女御の場合、ちょっとした行き違いでもあって、御不快にお思いになることでもありましたら、世間体も妙なことになるでしょう――
と、中将と弟の弁と二人がお責めになりますので、玉鬘は心苦しくていらっしゃる。
ではまた。
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(20)
玉鬘は、
「いさや、ただ今かう、にはかにしも思ひ立たざりしを、あながちに、いとほしう宣はせしかば、後見なきまじらひの、内裏わたりははしたなげなめるを、今は心やすき御有様なめるに、任せ聞こえて、と思ひ寄りしなり。誰も誰も、便なからむ事は、ありのままにも諌め給はで、今引き返し、右の大臣も、ひがひがしきやうに、おもむけて宣ふなれば、苦しうなむ。これも然るべきにこそは」
――いえね、私もこれほど急に思い立ったわけでもありませんのに、冷泉院から無理矢理にお気の毒なほどの仰せがありましたので。後見のない宮仕えは肩身が狭く具合が悪いでしょうし、院は今では気楽なご様子らしくお見受けしますので、それではお任せ申してと、考えついたのです。誰一人、不都合なこととは率直に諫めてもくださらず、今になって急に、夕霧大臣も私のやり方が悪いように仰るそうで、困ってしまいます。これも前世の宿縁というものでしょう――
と、おだやかに、少しも心騒がしい風はなくおっしゃる。中将はまた、
「その昔の御宿世は、目に見えぬものなれば、かう思し宣はするを、これは契りことなるとも、いかがは奏し直すべき事ならむ。中宮を憚り聞こえ給ふとて、院の女御をば、いかがし奉り給はむとする」
――お言葉の、前世の宿縁は目に見えないものですから、帝がこれほどおっしゃるものを、「それは御縁のなかったことでした」などと、どうしてお言葉をお返しできるでしょう。明石中宮にご遠慮なさるとおっしゃるなら、では弘徽殿女御にはどうなさるおつもりなのですか――
さらに、
「後見や何やと、かねて思し交はすとも、さしもえ侍らじ。よし、見聞き侍らむ。よう思へば、内裏は、中宮おはしますとて、他人はまじらひ給はずや。君に仕うまつることは、それが心やすきこそ、昔より興あることにはしけれ」
――弘徽殿女御を御後見とかなんとか、今はお力を頼っていらっしゃいますが、実際にはそうも出来ませんでしょう。まあご様子を見聞きしておりましょう。よく考えてみませば、帝には明石中宮がれっきとしておられると言いましても、他にお仕えなさっている方がいらっしゃらなくはないでしょう。君子へのご奉公というものは、誰でも競い合いが気軽でこそ、昔から興があったのですから――
そして、さらに、
「女御は、いささかなる事の違目ありて、よろしからず思ひ聞こえ給はむに、ひがみたるやうになむ、世のきき耳も侍らむ」
――弘徽殿女御の場合、ちょっとした行き違いでもあって、御不快にお思いになることでもありましたら、世間体も妙なことになるでしょう――
と、中将と弟の弁と二人がお責めになりますので、玉鬘は心苦しくていらっしゃる。
ではまた。