永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(741)

2010年05月21日 | Weblog
2010.5/21  741回

四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(28)

 玉鬘はさらにお続けになって、

「宮達は、さてさぶらひ給ふ、このいとまじらひにくげなる自らは、かくて心安くだにながめ過い給へ、とて、まかでさせたるを、それにつけても、聞き憎くなむ、上にもよろしからず思しのたまはすなる。ついであらば、ほのめかし奏し給へ」
――若宮たちはそのまま院のお側におられます。この全く御奉公しづらい大姫君は、里に帰って、せめて気楽にのんびりなさいと言いまして退出させましたのに、なんと院も里下がりなど怪しからぬとお思いにも、おっしゃりもしていらっしゃいます。おついでがありましたら、それとなくこのような訳をおっしゃってくださいませ――

さらに、

「とざまかうざまに、たのもしく思ひ給へて、いだし立て侍りし程は、いづかたをも心安く、うちとけ頼み聞こえしかど、今は、かかる事あやまりに、幼うおほけなかりける、
みづからの心を、もどかしくなむ」
――あれやこれやと頼もしい気持ちで出仕させました時は、お二方とも心安く打ち解けてお頼り申し上げておりましたが、今となっては、このような手違いも起こり、つたない身の程知らずの自分でありましたことが厭になります――

 と、お泣きになっているご様子です。薫が、

「さらにかうまで思すまじき事になむ。かかる御まじはりの安からぬ事は、昔より然ることとなり侍りにけるを、位を去りて、静かにおはしまし、何事もけざやかならぬ御有様となりにたるに、誰もうちとけ給へるやうなれど、おのおの内々は、いかがいどましくも思すこともなからむ」
――決してそれ程ご心配なさるには及びません。宮仕えというものが気遣いな事は、昔からそうときまっていたものでしょう。院は退位なさって閑居なされ、万事華やかではないご生活となりました為、后や妃方は皆仲好くしておられるようですが、それぞれ内心では、どうして競争心がない筈がありましょう――

つづけて、

「人は何の咎と見ぬことも、わが御身にとりてはうらめしくなむ、あいなき事に心を動かい給ふこと、女御后の常の御癖なるべし」
――他人の目には何の欠点と見えないことでも、御当人となれば恨めしいお気持で、少しの事にでも気を揉まれるというのが、女御や后のお癖なのでしょう――

「さばかりの紛れのあらじものとてやは、思し立ちけむ。ただなだらかにもてなして、御覧じ過ごすべきことに侍るなり。男の方にて、奏すべきことにも侍らぬことになむ」
――このような面倒なことも無いとお考えになって、大姫君を院の宮仕えを思い立たれたのでしょうか。ただ穏やかにお振舞いになって、見過ごされるのが良いと存じます。男の私の口から、奏上する筋合いのものではないでしょう――

 と、はっきりとお思いのままおっしゃいますので、玉鬘は「なんとあっさりとした御裁断ですこと」と少し微笑んでいらっしゃる。薫は玉鬘が、人の親として何かときりもりしていらっしゃる割には、たいそう若々しくおっとりしている方とお見受けし、お心の内で、

「御息所も、かやうにぞおはすべかめる、宇治の姫君の心とまりて覚ゆるも、かうざまなるけはひのをかしきぞかし」
――(玉鬘の御娘である大姫君の)御息所も、きっとこのように大様なお方でいらっしゃるのだろう。宇治の八の宮様の大君(おおいぎみ)に心惹かれるのも、自分はこのような、おっとりした方が気に入っているからなのだ――

 などと思いながら、几帳越しに座っておりました。

◆とざまかうざまに=あれやこれや。

◆いどましく=挑ましく=競争心が強い。張り合うさまである。

ではまた。