2010.5/16 736回
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(23)
「かくて、心安くて内裏住みもし給へかし、と思すにも、いとほしう、少将の事を、母北の方のわざと宣ひしものを、頼め聞こえしやうにほのめかし聞こえしも、いかに思ひ給ふらむ、と、おぼしあつかふ」
――このようにして、中の君が気楽に宮仕えもなされるようにと思われるにつけても、あの蔵人の少将にはお気の毒で、母君の雲居の雁が特に頼んでこられましたものを、その時、中の君を当てにして頂くような仄めかしかたをしてしまったことを、こんな成り行きになってしまって、どうお考えになられるかと、思案に暮れながらも――
次男の弁の君を使者として、悪意のない風に、夕霧に申し上げます。
「内裏よりかかる仰せ言のあれば、さまざまにあながちなるまじらひの好みと、世の聞き耳のいかがと思う給へてなむ、わづらひぬる」
――帝から中の君を尚侍にとの仰せがありますが、なんとまあ宮仕えが好きな事よ、などと、世間に噂されますのもどうかと考えまして、困っております――
と、ご伝言にして申し上げますと、夕霧は、
「内裏の御気色は、思しとがむるも、道理になむ承る。公事につけても、宮仕へし給はぬは、さるまじきわざになむ。はや思し立つべきになむ」
――帝のご機嫌のお悪いのは尤もの事と存じますよ。やはり女官としてでも中の君が宮仕えなさらないことになれば、宜しくないでしょう。そのように早々にお進めになるべきです――
とおっしゃいましたので、この度は、明石中宮のご機嫌を伺ってから参内されました。
夫の髭黒大臣がご在世中なら、明石中宮としても、中の君を抑えつけるようなことはなさらないであろうと、玉鬘はものあわれに沈み込んでおられます。
「姉君は、容貌など名高う、をかしげなり、と、きこし召しおきたりけるを、引きかへ給へるを、なま心ゆかぬやうなれど、これもいとらうらうじく、心にくくもてなしてさぶらひ給ふ」
――(帝は)ご長女の大姫君が美人の誉れ高く、たいそう綺麗だと聞いて期待していおられましたのに、入内が叶わなかった事がご不満でいらっしゃいましたが、この中の君も、たいそう才気があって、奥ゆかしい態度でお仕えになっておられます――
◆なま心ゆかぬやう=思いどおりにいかなかった
◆中の君は新しい尚侍となって出仕します。
ではまた。
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(23)
「かくて、心安くて内裏住みもし給へかし、と思すにも、いとほしう、少将の事を、母北の方のわざと宣ひしものを、頼め聞こえしやうにほのめかし聞こえしも、いかに思ひ給ふらむ、と、おぼしあつかふ」
――このようにして、中の君が気楽に宮仕えもなされるようにと思われるにつけても、あの蔵人の少将にはお気の毒で、母君の雲居の雁が特に頼んでこられましたものを、その時、中の君を当てにして頂くような仄めかしかたをしてしまったことを、こんな成り行きになってしまって、どうお考えになられるかと、思案に暮れながらも――
次男の弁の君を使者として、悪意のない風に、夕霧に申し上げます。
「内裏よりかかる仰せ言のあれば、さまざまにあながちなるまじらひの好みと、世の聞き耳のいかがと思う給へてなむ、わづらひぬる」
――帝から中の君を尚侍にとの仰せがありますが、なんとまあ宮仕えが好きな事よ、などと、世間に噂されますのもどうかと考えまして、困っております――
と、ご伝言にして申し上げますと、夕霧は、
「内裏の御気色は、思しとがむるも、道理になむ承る。公事につけても、宮仕へし給はぬは、さるまじきわざになむ。はや思し立つべきになむ」
――帝のご機嫌のお悪いのは尤もの事と存じますよ。やはり女官としてでも中の君が宮仕えなさらないことになれば、宜しくないでしょう。そのように早々にお進めになるべきです――
とおっしゃいましたので、この度は、明石中宮のご機嫌を伺ってから参内されました。
夫の髭黒大臣がご在世中なら、明石中宮としても、中の君を抑えつけるようなことはなさらないであろうと、玉鬘はものあわれに沈み込んでおられます。
「姉君は、容貌など名高う、をかしげなり、と、きこし召しおきたりけるを、引きかへ給へるを、なま心ゆかぬやうなれど、これもいとらうらうじく、心にくくもてなしてさぶらひ給ふ」
――(帝は)ご長女の大姫君が美人の誉れ高く、たいそう綺麗だと聞いて期待していおられましたのに、入内が叶わなかった事がご不満でいらっしゃいましたが、この中の君も、たいそう才気があって、奥ゆかしい態度でお仕えになっておられます――
◆なま心ゆかぬやう=思いどおりにいかなかった
◆中の君は新しい尚侍となって出仕します。
ではまた。