2010.5/25 745回
四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(3)
この中の君は、
「容貌なむまことにうつくしう、ゆゆしきまでものし給ひける」
――ご器量がまことに愛らしく、空恐ろしいほどでいらっしゃいます――
ご長女の大君(おおいぎみ)は、
「心ばせ静かによしある方にて、見るめもてなしも、気高く心にくきさまぞし給へる。いたはしくやむごとなき筋はまさりて」
――ご性質が静かで、どちらかといえば深みのあるお人柄で、外見やお振舞いも上品で奥ゆかしくていらっしゃいます。華奢でどこか労ってさしあげたいと思うような、尊いお血筋の方という点からは、この姉君のほうで――
八の宮は、お二人ともそれぞれに大切になさっておられますが、何分にも経済的に不如意なことが多くて、年月の経つにつれて御邸は寂れて行くばかりです。
「さぶらひし人も、たづきなき心地するに、え忍びあへず、つぎつぎに従ひて、まかで散りつつ、若君の御乳母も、さる騒ぎに、はかばかしき人をしも、選りあへ給はざりければ、程につけたる心浅さにて、幼き程を見棄て奉りにければ、ただ宮ぞはぐくみ給ふ」
――お傍にお仕えになっていました女房や人々も、生活の不安定さに我慢しきれず、次々にいつの間にか姿を消してしまいました。中の君の乳母も、北の方の亡くなられた最中のことで、次の乳母を選ぶゆとりのないまま、身分柄の浅はかさで、お小さい中の君をお見棄て申してしまいましたので、それからは八の宮がお一人で幼い姫君たちをお世話なさっているのでした――
お住居は、なるほど宮家だけに、敷地も広く池山など昔から変わらないものの、今は手入れもままならず、荒れ果ててしまっていますのを、味気なく眺めるばかりです。北の方とご一緒であればこそ、花紅葉も趣深く、心に沁みて慰められたものでしたが、今では一層寂しい気持ちで、頼り所もないままに、持仏のお飾りばかりを殊更念入りになさって、明け暮れ勤行に励んでいらっしゃるのでした。ましてや、世間の人のように、今更何で妻を迎えよう、などと、再婚のお薦めなどもっての外と、浮いたお気持などは少しも持っておられないのでした。
ではまた。
四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(3)
この中の君は、
「容貌なむまことにうつくしう、ゆゆしきまでものし給ひける」
――ご器量がまことに愛らしく、空恐ろしいほどでいらっしゃいます――
ご長女の大君(おおいぎみ)は、
「心ばせ静かによしある方にて、見るめもてなしも、気高く心にくきさまぞし給へる。いたはしくやむごとなき筋はまさりて」
――ご性質が静かで、どちらかといえば深みのあるお人柄で、外見やお振舞いも上品で奥ゆかしくていらっしゃいます。華奢でどこか労ってさしあげたいと思うような、尊いお血筋の方という点からは、この姉君のほうで――
八の宮は、お二人ともそれぞれに大切になさっておられますが、何分にも経済的に不如意なことが多くて、年月の経つにつれて御邸は寂れて行くばかりです。
「さぶらひし人も、たづきなき心地するに、え忍びあへず、つぎつぎに従ひて、まかで散りつつ、若君の御乳母も、さる騒ぎに、はかばかしき人をしも、選りあへ給はざりければ、程につけたる心浅さにて、幼き程を見棄て奉りにければ、ただ宮ぞはぐくみ給ふ」
――お傍にお仕えになっていました女房や人々も、生活の不安定さに我慢しきれず、次々にいつの間にか姿を消してしまいました。中の君の乳母も、北の方の亡くなられた最中のことで、次の乳母を選ぶゆとりのないまま、身分柄の浅はかさで、お小さい中の君をお見棄て申してしまいましたので、それからは八の宮がお一人で幼い姫君たちをお世話なさっているのでした――
お住居は、なるほど宮家だけに、敷地も広く池山など昔から変わらないものの、今は手入れもままならず、荒れ果ててしまっていますのを、味気なく眺めるばかりです。北の方とご一緒であればこそ、花紅葉も趣深く、心に沁みて慰められたものでしたが、今では一層寂しい気持ちで、頼り所もないままに、持仏のお飾りばかりを殊更念入りになさって、明け暮れ勤行に励んでいらっしゃるのでした。ましてや、世間の人のように、今更何で妻を迎えよう、などと、再婚のお薦めなどもっての外と、浮いたお気持などは少しも持っておられないのでした。
ではまた。