2010.5/23 743回
四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(1)
薫(宰相の中将、中納言)20歳~22歳
匂宮(兵部卿の宮) 21歳~23歳
今上(主上、帝)
明石中宮(今上の后・中宮)
八の宮(聖の宮) 桐壺院の八番目の宮で、源氏の(腹違いの)弟宮にあたる
八の宮の姫君二人(大君と中の君)
弁の君(母が柏木の乳母であった) 縁を頼って八の宮家に奉公している。
「その頃、世にかずまへられ給はぬ古宮おはしけり。母方なども、やむごとなくものし給ひて、筋異なるべきおぼえなどおはしけるを、時移りて世の中にはしたなめられ給ひける紛れに、なかなかいと名残り無く、御後見なども、ものうらめしき心々にて、方々につけて、世を背き去りつつ、公私により所なく、さし放たれ給へるやうなり」
――(新たな物語の書き初めとして)その頃、世間からものの数にもされていらっしゃらない老親王の古い宮家がありました。母方のご身分からも、特別な地位、すなわち東宮にも立たれるほどの御声望がおありだったのですが、時勢が変わって、世間に対して具合の悪いことが起こった騒ぎで、以前ご勢力がありました分、却って昔日のおもかげもなく、お世話役の方々も期待が外れてしまったので、勝手に暇を取って出て行き、公私ともに頼りどころなく、見離されたような状態でいらっしゃいます――
このようなお暮しに心細くお思いの北の方も、その昔は大臣の姫君でいらして、両親が末は后かと期待を込めて八の宮に差し出されたのでした。このような有様ではありますが、お二人は辛いこの世の慰めとして、深く信頼し合って生きてこられたのでした。
「年頃経るに、御子ものし給はで、心もとなかりければ、さうざうしくつれづれなるなぐさめに、いかでをかしからむ児もがなと、宮ぞ時々思し宣ひけるに、めづらしく、女君のいと美しげなる、生まれ給へり」
――長年経ても、お二人には御子が無く、物足りなく寂しいと常々おっしゃっていましたところ、思いがけなく女君の可愛らしい方がお生まれになりました――
お二人は、この御子を可愛がって大切にお育てになっておられますうちに、また引き続きご懐妊のご様子で、今度は男君をと、お望みでしたが、
「同じさまにて、たひらかにはし給ひながら、いといたくわづらひて、亡せ給ひぬ。宮、あさましう思しまどふ」
――(北の方は)同じような女君をお生みになって、お産はご無事だったのですが、産後の肥立ちがお悪くて、あっという間にお亡くなりになってしまわれたのでした。八の宮はすっかり茫然自失のご様子で、この先どうしてよいか分からないのでした――
◆かずまへ=数まふ=数。人並み。
◆かずまへられ給はぬ=(打ち消しなので)数にも入れてもらえない。人並みに扱われていない。
ではまた。
四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(1)
薫(宰相の中将、中納言)20歳~22歳
匂宮(兵部卿の宮) 21歳~23歳
今上(主上、帝)
明石中宮(今上の后・中宮)
八の宮(聖の宮) 桐壺院の八番目の宮で、源氏の(腹違いの)弟宮にあたる
八の宮の姫君二人(大君と中の君)
弁の君(母が柏木の乳母であった) 縁を頼って八の宮家に奉公している。
「その頃、世にかずまへられ給はぬ古宮おはしけり。母方なども、やむごとなくものし給ひて、筋異なるべきおぼえなどおはしけるを、時移りて世の中にはしたなめられ給ひける紛れに、なかなかいと名残り無く、御後見なども、ものうらめしき心々にて、方々につけて、世を背き去りつつ、公私により所なく、さし放たれ給へるやうなり」
――(新たな物語の書き初めとして)その頃、世間からものの数にもされていらっしゃらない老親王の古い宮家がありました。母方のご身分からも、特別な地位、すなわち東宮にも立たれるほどの御声望がおありだったのですが、時勢が変わって、世間に対して具合の悪いことが起こった騒ぎで、以前ご勢力がありました分、却って昔日のおもかげもなく、お世話役の方々も期待が外れてしまったので、勝手に暇を取って出て行き、公私ともに頼りどころなく、見離されたような状態でいらっしゃいます――
このようなお暮しに心細くお思いの北の方も、その昔は大臣の姫君でいらして、両親が末は后かと期待を込めて八の宮に差し出されたのでした。このような有様ではありますが、お二人は辛いこの世の慰めとして、深く信頼し合って生きてこられたのでした。
「年頃経るに、御子ものし給はで、心もとなかりければ、さうざうしくつれづれなるなぐさめに、いかでをかしからむ児もがなと、宮ぞ時々思し宣ひけるに、めづらしく、女君のいと美しげなる、生まれ給へり」
――長年経ても、お二人には御子が無く、物足りなく寂しいと常々おっしゃっていましたところ、思いがけなく女君の可愛らしい方がお生まれになりました――
お二人は、この御子を可愛がって大切にお育てになっておられますうちに、また引き続きご懐妊のご様子で、今度は男君をと、お望みでしたが、
「同じさまにて、たひらかにはし給ひながら、いといたくわづらひて、亡せ給ひぬ。宮、あさましう思しまどふ」
――(北の方は)同じような女君をお生みになって、お産はご無事だったのですが、産後の肥立ちがお悪くて、あっという間にお亡くなりになってしまわれたのでした。八の宮はすっかり茫然自失のご様子で、この先どうしてよいか分からないのでした――
◆かずまへ=数まふ=数。人並み。
◆かずまへられ給はぬ=(打ち消しなので)数にも入れてもらえない。人並みに扱われていない。
ではまた。