2010.5/19 739回
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(26)
かつて大姫君に求婚した人々が、今では順調に出世なさって、婿にしても良い人がなんと大勢いることでしょう。その中で、源侍従と申して年若くまだ弱々しいと思っていました薫は宰相の中将におなりになって、
「『匂ふや薫や』と、聞きにくく愛で騒がるなる、げにいと人柄重りかに心にくきを、やむごとなき親王達大臣の、御女を志ありて宣ふなるなども、聞き入れずなどあるにつけても」
――「匂うの君よ、薫の君よ」と、大げさに誉めそやされていらっしゃるようですが、なるほど実にお人柄が重々しく奥ゆかしくおなりで、高貴な親王方や、大臣がわが娘ををその妻にと仰せられるそうですが、どうも聞き入れずにいらっしゃる、などということを耳になさるにつけても――
玉鬘は、立派にご成人になられた薫を好ましく思うのでした。
「少将なりしも、三位の中将とか言ひておぼえあり。『容貌さへ、あらまほしかりきや』など、なま心わろき仕うまつり人は、うちしのびつつ、『うるさげなる御有様よりは』など言ふもありて、いとほしうぞ見えし」
――あの、蔵人の少将も、三位の中将になって世間のご信望もおありで、「お顔も、申し分ありませんでしたよ」などと言ったり、少し浮気っぽい女房達が陰でこっそり、「面倒な宮仕えよりは、こちらの大姫君を少将に差し上げた方がよかったのに」などという者もいて、玉鬘がお気の毒にお見えになるのでした――
「この中将は、なほ思ひそめし心絶えず、憂くもつらくも思ひつつ、左大臣の御女を得たれど、をさをさ心も留めず、『道のはてなる常陸帯の』と、手習ひにも言種にもするは、いかに思ふやうのあるにかありけむ」
――この三位中将は、最初に思い焦がれた大姫君への愛情が納まらず、ああ悲しかった、辛かったと思い続けて、竹河左大臣の姫君を妻にしながら、一向に気に食わず、古歌の「道のはてなる常陸帯の…」と、手すさびにも書き、口癖にも言っているようで、ほんの少しでもあの御息所に逢いたいものだという下心が今でもあるようです。いったいどのように思っているのでしょうね――
◆『道のはてなる常陸帯の』=新古今集の「東路の道の果てなる常陸帯(ひたちおび)のかごとばかりも逢はんとぞ思ふ」ちょっとでも逢いたいの意。
ではまた。
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(26)
かつて大姫君に求婚した人々が、今では順調に出世なさって、婿にしても良い人がなんと大勢いることでしょう。その中で、源侍従と申して年若くまだ弱々しいと思っていました薫は宰相の中将におなりになって、
「『匂ふや薫や』と、聞きにくく愛で騒がるなる、げにいと人柄重りかに心にくきを、やむごとなき親王達大臣の、御女を志ありて宣ふなるなども、聞き入れずなどあるにつけても」
――「匂うの君よ、薫の君よ」と、大げさに誉めそやされていらっしゃるようですが、なるほど実にお人柄が重々しく奥ゆかしくおなりで、高貴な親王方や、大臣がわが娘ををその妻にと仰せられるそうですが、どうも聞き入れずにいらっしゃる、などということを耳になさるにつけても――
玉鬘は、立派にご成人になられた薫を好ましく思うのでした。
「少将なりしも、三位の中将とか言ひておぼえあり。『容貌さへ、あらまほしかりきや』など、なま心わろき仕うまつり人は、うちしのびつつ、『うるさげなる御有様よりは』など言ふもありて、いとほしうぞ見えし」
――あの、蔵人の少将も、三位の中将になって世間のご信望もおありで、「お顔も、申し分ありませんでしたよ」などと言ったり、少し浮気っぽい女房達が陰でこっそり、「面倒な宮仕えよりは、こちらの大姫君を少将に差し上げた方がよかったのに」などという者もいて、玉鬘がお気の毒にお見えになるのでした――
「この中将は、なほ思ひそめし心絶えず、憂くもつらくも思ひつつ、左大臣の御女を得たれど、をさをさ心も留めず、『道のはてなる常陸帯の』と、手習ひにも言種にもするは、いかに思ふやうのあるにかありけむ」
――この三位中将は、最初に思い焦がれた大姫君への愛情が納まらず、ああ悲しかった、辛かったと思い続けて、竹河左大臣の姫君を妻にしながら、一向に気に食わず、古歌の「道のはてなる常陸帯の…」と、手すさびにも書き、口癖にも言っているようで、ほんの少しでもあの御息所に逢いたいものだという下心が今でもあるようです。いったいどのように思っているのでしょうね――
◆『道のはてなる常陸帯の』=新古今集の「東路の道の果てなる常陸帯(ひたちおび)のかごとばかりも逢はんとぞ思ふ」ちょっとでも逢いたいの意。
ではまた。