永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(742)

2010年05月22日 | Weblog
2010.5/22  742回

四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(29)

 この玉鬘の御邸の東に、紅梅右大臣の御邸があって、このところ、ご昇進の御披露宴に貴公子たちが大勢お集まりのご様子です。右大臣は兵部卿の宮(匂宮)に特にお出で願ったのですが、お出でにならなかったのでがっかりなさっておいでです。というのは、

「心にくくもてかしづき給ふ姫君たちを、さるは、心さしことに、いかで、と思ひ聞こえ給ふべかめれど、宮ぞ、いかなるにかあらむ、御心もとどめ給はざりける。源中納言の、いとどあらまほしう、ねび整ひ、何事も後れたる方なくものし給ふ」
――(紅梅右大臣が)たいそう大事に養育してこられた姫君たちを、特に心にかけて何とか匂宮に差し上げたいと思っておられるようですが、兵部卿の宮(匂宮)としては、一体どういうおつもりでしょうか、お心にも留めておられないのでした。一方、源中納言(薫)の方は年齢と共にいよいよ申し分なく整ってゆき、万事欠点なくいらっしゃる――

 大臣も北の方(真木柱)も、この薫にもお目を留めておいでになるようです。お隣の今を盛りのご権勢をうかがう玉鬘としては、夫亡き世のあわれさに、しみじみと思いますのは、

「故宮亡せ給ひて程もなく、この大臣の通ひ給ひし事を、いとあはつけいやうに、世人はもどくなりしかど、思ひも消えずかくてものし給ふも、さすがさる方に目安かりけり。定めなの世よ。何れにかよるべき」
――(真木柱の前の夫の)蛍兵部卿の宮が亡くなられてから間もなく、紅梅大納言が真木柱の許に通われたことを、ひどく軽率だと世間の人々は非難なさったものの、その後愛情も冷めず、ああして北の方におさまっておられるのも、それはそれで感じが良いものですもの。夫婦仲というものは分からないものですこと。いったい何を見習ったらよいのでしょう――

 ご子息についても、

「右兵衛の督、右大弁にて、みな非参議なるを、うれはしと思へり。侍従と聞こゆめりしぞ、この頃頭の中将と聞こゆめる。年齢の程は、かたはならねど、人に後る、と歎き給へり」
――御長男が右兵衛の督、ご次男は右大弁になっておりますが、共に参議ではありません。あの頃の籐侍従は頭の中将(とうのちゅうじょう)になっています。年齢の割には、どなたも官位が低いというわけではないのですが、人より昇進が遅いと玉鬘は歎いていらっしゃる――

 あの大姫君(御息所)に恋していた蔵人の少将で、今は三位の中将は、この頃里下がりをしていらっしゃる御息所が気がかりで、やはりなにかと玉鬘の御邸をうかがっている様子です。

◆もどくなり=非難する。批判する。

◆参議=太政官に置かれた令外(りょうげ)の官。朝政に参加し、国政を審議する職。大・中納言に次ぐ重職で、三位、四位の中から有能な人が任ぜられた。定員八名。
玉鬘としては、夫の身分(髭黒太政大臣)から考えても、後ろ盾を失った子供たちの非参議を口惜しく思う。

◆うれはしと思へり=憂わしいと思う=嘆かわしい。気がかりだ。
四十四帖【竹河(たけがわ)の巻】終わり。

次の「橋姫」から宇治十帖といわれる物語に入ります。「匂宮」「紅梅」「竹河」の三篇は前と後の「つなぎ」の意味合いが強く、説明的文章で、やや興味薄の感がありました。

ではまた。