落ち着いた大人になろう!

旅行やら映画やらの独り言

インド・グジャラード州 階段井戸と塩砂漠 その4

2019-04-06 21:23:15 | 旅行記・インド
3月18日 月曜日 その2

11:00 インド門


ジョージ5世とメアリー王妃が1911年に訪れたとき、アポロ・バンダルに上陸したことを記念して建立されたそうだ。なんか、門にしては、周りになにもなくて中途半端だなあと思ったら、「資金不足のため上陸路は作られず、インド門は沿道の終端に位置している。」とWikipediaにあった。納得。
 

ここは観光客がいっぱい! ヒンドゥー教の家族やらイスラム教徒の家族やら。
 
そして、やたら「セルフィー!」と呼び止められる。一緒に写真に写って欲しいらしいが、顔の小さいインド人に囲まれると・・・。
彼らにとって、白くて顔が大きいポチャポチャしたどこかの国の人は、面白いらしい・・・。




すぐそばのタージマハルホテル。


インド門の海側は、エレファンタ島に向かう船乗り場。行きたいなあ・・・。
ムンバイまでは日本から直行便飛んでるし、市内はタクシーがいっぱい走ってるし、エレファンタ島に、エローラにアジャンターの組み合わせて、行けるなあ。

11:30 ランチ
午後、飛行機に乗る都合で早目のランチです。

 



 
左がここで300ルピアで飲んだビール。この後、グジャラート州に行ったら、本当にアルコールがなかった!
まあ、元々量は飲めないんだけどね。右は、レストランの前にあった、咬みタバコ屋さん。客の好みでいろいろ中身を変えていた。
一時間位ゆっくりして、空港に向かう。

13:30 ムンバイ空港に着
飛行機は、15:55発なんだが、早目に付いてチェックイン。
 
なかなかおしゃれな装飾の空港だ。

が、飛行機が来ない。Wi-Fiつながるから、スマホでゲームして待つ。便利な世の中だ。

結局、17:30頃搭乗。インドだからなあ、しょうがないか。

西日が眩しいし、コックピット内の温度も上がるんだろうなあ。日よけは新聞紙だけどね。

 
飛行機でもらった、軽食。マンゴージュースは美味しかった。サンドイッチは良く分からない味だった。

19:00 ラージコット空港着
すぐに、バスに乗り込みブージに向かって移動。250キロ位あるのよん。ムンバイからブージのフライトもあるんだけどねえ。私が立てたスケジュールじゃないからなあ。日本とインドの旅行会社の大人の事情なんだろうなあ。

21:00 夕食

道路事情は良くて、こんな感じのレストラン併設のホテルが至る所にある。そんだけトラックの物流はしっかりしてるという事かな?

 
左側のように人数分盛り付けられて出てきて、それを個人の皿に好きなだけ入れて食べる。

 
左はいつも出てくる、口直しの玉ねぎと、現地ガイドさんが「ピクルス」と呼ぶちょっとすっぱい調味料。そして、デザートとチャイ。あと、ここを含めて何軒かは最後にライムを浮かべたフィンガーボールが出てきた。レストランはエアコン付きとそうでない部屋が分かれてて、料理の値段が違うらしい。私たちは、もちろんエアコン付き


↑グジャラート州でずっと頑張ってくれた、バス。いや、本当に頑張ったのは運転手さん。

25:00 ホテル着
お休みなさい。
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インド・グジャラード州 階段井戸と塩砂漠 その3

2019-04-06 19:49:48 | 旅行記・インド
3月18日 月曜日 その1

 
ホテルで朝ご飯を食べてから、ホテルの周りをちょっと散歩。ほう、こんなホテルに泊まっていたのか。

 
左の写真は歩道で洗濯をしているおばあさんのお尻。この後、写真を撮ってくれとポーズは取られた。写真好きなのかな?と、この時は疑問符付きで思ったが、その後、西インドの人は、写真好き!と確信する。

8:30 ホテルを出発してバスでムンバイの市内観光に出発
 
道端に牛もいる、オートリクシャーもいる。インドだあ!と喜んでいたら、いつしか車窓は大都会へ。

 
右側は電通のビルか?

 
とは言え、やっぱりスラムはある。


大型の鳥がいるので、トンビかと思ったら、街の中にゾロアスター教の鳥葬の施設があるので、ハゲワシだそうだ。なぜ、街の中にあるかというと、インド財閥TATAグループの関係らしい。実際、もう一つの大財閥のグループ、アンバーニー一族のjioの広告もやたら多かったし、写真は撮れなかったけど有名な自宅も気が付いた。ムンバイ、世界屈指の経済都市だ。


ハッジ・アリー廟
海だ! そうだ、海があるから栄えてるのか。てか、海が見えると、なんかうれしい。

9:30 ガンジー博物館

 
西洋風建物が並ぶ閑静な住宅街。開館時間よりちょっと前に着く。


ガンジー(ガーンディー)って、勝手に「無抵抗主義」って思ってたら、違うじゃん。イギリスからの押し付けでなく、インドで取れた綿花をイギリスに輸出せず自分たちの服を作ろうって主張で、「糸車」がその象徴になっているんだって。ああっ、ダメだ。私はうまく、説明できない。

 
右側が実際に住んでた部屋。

 
そして、展示スペースのほとんどを占めているのが、ガーンディーの一生を人形で表現したテレビのような箱。この箱の前で、現地ガイドさんに結構説明を受ける。


例えば、イギリス王ジョージ6世と会ってるガーンディー夫婦。一時間たっぷり見学。

10:45 チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅


目の前の交差点の真ん中に写真撮影用の展望台みたいのがある。チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅は、修理工事中で柵があって利用者以外は近づけないので、その展望台から見る。が、逆光で細部まで見えない。この展望台で写真を撮る人は、是非、午後に行ってください。
 

向かい側ビルも凄い! この時代の建物は、官庁や自治体が使用しているそうだ。


ってかここら辺の一帯、19世紀の西洋建築の建物が並ぶ。リクシャーの乗り入れも禁止されてるので、サリーを着て歩いている女の人を見なければ、インドとは思えない。

 

 
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