今年も教室には何人かの中高生達がいて、今月前半には皆通う学校を卒業しました。前回書きましたが、私は中区の小・中学校を卒業して、今でも良いものとそうでもないものを含め、多くの大切な思い出があります。早い者では10代の半ばにはもうこの世を去ってしまった友もいて、彼ら彼女らを思い出す時は、心の中に乾いた風が吹き抜けるような、なんとも言えない寂寞を覚えます。翻って、教室の卒業生達。その殆どの子が、卒業していく学校を評して、いともあっさりと「あんな学校」と言います。凄く気になります。これが今時の子供達の一般的な姿なのでしょうか。何年間か過ごした学校、友達や先生を思うとき、私には「あんな学校」という突き放した言葉は到底出て来ません。それとも、問題の所在は子供達の心の中にではなく、学校の中にあるのでしょうか。仕事柄、或いは個人的にも多くの教師達を知っていますし、彼らの日頃の頑張りもよく知っておりますので、それを思うと「あんな学校」と言って切り捨てられてしまったら、いかにも気の毒と思うのですが。
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