来年の公立高校入試のシステムが大きく変わることは既に皆さんが承知していますが、
では、それに打ち勝つために必要なことをいましているかといえば、殆どの人が「まだ」と答えるのではないでしょうか。
少なくとも、全員が「やってますとも!」とは言わないと思います。
これにはさまざまな理由があると思いますが、そのひとつが、「人間は目の前にない危機を認識できない」という特性があると思います。
「来年から受験のシステムが変わる」→「自分(または自分の子供)もそれから逃れられない」→「でも受験はまだ先」→←「だからまだやらない」
こんな図式でしょうか。
受験システムの何が変わるのかはこの際置いておくとして、人間のこのような特性はあらゆる場面で見られます。
関係者の方がこれを読まれたら気分を悪くされるかもしれませんが、10何年か前に大手証券会社である山一證券が破綻したとき、そのニュースが飛び出したのは土曜日の午前でしたが、前日の夕方時点では殆どの社員が「ウチが破綻なんてするわけない」と思っていたといいます。
そう楽観していた社員の目の前で、山一から資金を引き出す大量の顧客たちが窓口に列を作っていたにもかかわらず、です。
そういう例は、たくさんあります。
書こうと思えばいくらでも書けますが、それをすることが目的ではありませんのでしませんが、しかし、人間は目の前に危機がなければなかなかこれうぃ認識できないばかりでなく、「目の前にあっても」認識できない悲しい生き物であることが少なくとも否定できない事実であることがわかります。
受験の話に戻せば、(対策を)しようがしまいが受験の日は来る。
そしてそのときになれば自動的に「あ、言われていたことはこれだったか」とわかります。
そういうことから言えば、その日の「あ、これか」は、実は今既に目に見えない形で受験生とその保護者の方の目の前に「目に見えない形で」起こっていることでもあるのだと、そう言いたいわけです。