アフガン・イラク・北朝鮮と日本

黙って野垂れ死ぬな やられたらやり返せ 万国のプレカリアート団結せよ!

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 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

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4.14とめよう壊憲! 護憲結集! 討論集会の告知

2013年04月10日 22時26分33秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権
※マイミクさんから下記の催しがある事を教えていただきました。私も時間の都合がつけば参加してみようかなと考えています。

~今こそ、みんなの知恵を結集しよう~
とめよう壊憲! 護憲結集! 討論集会

と き 2013年4月14日(日)13時30分~16時30分
ところ 神戸市勤労会館 405/406号(JR三宮駅東5分)

問題提起  広原 盛明 さん(元京都府立大学学長) 60分
護憲政党の発言(60分) 社民党:服部良一さん(前衆議院議員)
新社会党:松枝佳宏さん(委員長) 
緑の党:長谷川羽衣子さん(共同代表)   共産党(再度参加要請中) 
質疑、フロアー討論 (60分)      
資料代 700円
                                
ご存知のように、昨年末の総選挙で自民党が圧勝し、他の憲法改正を目指す政党を合わせると、実に議席の3/4に近い348議席が改憲派で占められる結果となりました。7月の参議院選で改憲派が2/3以上の議席を獲得すれば、憲法の改変がすぐさま現実のものとなります。
自民党が昨年示した憲法改正案は、戦後の国民主権・平和・人権尊重をうたった現憲法のありかたを根底から変えて、「憲法は、国家権力を拘束・制限する」という立憲主義(憲法の本質)を否定し、憲法を国民統制の道具に作り変えてしまおうとする「壊憲」そのものです。
1928年の選挙では、2.6%の得票だったナチスが、30年には18.3%に。その時16もの政党が乱立し、失業・生活苦・混乱する政治に不満を募らせた国民は、ヒットラーの演説に引き寄せられました。33年3月の選挙の43.9%で全権を掌握したヒットラーは、わずか3年で92.2%を得票、後は戦争と破滅への道へとなだれ込みました。この30年代のドイツ情勢が今の日本と重なり、鳥肌の立つ思いがします。
「このままでは大変なことに…」と思いながら、「どうしたらよいか…」「時間がない…」「結局あかんのでは…」と一人で悩んでいる人は少なくありません。参院選までもう数か月、またその後には憲法を守る正念場となる国民投票を迎えるでしょう。今こそ、護憲・平和・生活擁護で一致する、思想・信条・党派の違いを超えた人々が、これまでの運動の課題にも率直に向き合い、未来志向の協働でこの危機を乗り越えることが求められています。そのために、私たちは何をすべきで、何が求められているのかを、皆さんと知恵を出し合い、開かれた討論の中から探る、そんな討論集会を開催します。ぜひご参加下さい。

〔講師紹介〕 広原盛明さん
元京都府立大学学長。都市計画・まちづくり研究者。 2003年に幅広い市民でつくる「市民ネット」と「民主市政の会」との共同推薦で京都市長選に立候補、174847票(得票率40.5%)を獲得するも、保守系現職に惜敗した。
主催 4・14とめよう壊憲!護憲結集! 討論集会実行委員会          

〔資料〕① 数字にみる2012年 総選挙結果
社民党は前回301万票の過半数152万票を失い、共産党も前回494万票の1/4にあたる125万票を失ったことは少数政党とはいえ両党が革新政党の中心的存在であるだけに、日本の革新勢力にとっては大きな痛手であることは間違いない。その結果、社民党得票数は301万票(4.3%)から142万票(2.4%)へ、議席数は7→2(比例4→1、小選挙区3→1)へと激減し、共産党もまた494万票(7.0%)から369万票(6.2%)へ、議席数は9→8(比例9→8、小選挙区0→0)へと後退した。この数字の意味するところは深刻だ。一言で言って、社民党は“解党的惨敗”、共産党はその一歩手前だと言ってよい。…(広原ブログより)

〔資料〕②   沖縄の集会にみた革新結束力  1/9朝日「声」欄より
 「千葉県松戸市から沖縄に転居して2ヶ月余り。昨年12月23日に宜野湾市で開かれた県民集会に初めて参加した。大変新鮮な光景だった。…壇上に共産、社民、沖縄社会大衆党の国会議員4人が勢ぞろいし、互いに他党議員の名を挙げて健闘をたたえ合い、固く手を結んで共闘を誓い合った。…沖縄の革新勢力が基地撤去の粘り強い闘いを続け、かつて名護市長選で勝利したことなど、国会での議席数だけでは計れない大きな力を発揮しているのは共同、共闘の力にほかならない。中央の共産、社民党がこの沖縄の姿を全国に広げることを望みたい。(鬼原悟:無職、那覇市59歳)」

賛同 / 佐藤三郎(憲法の改悪に反対する元教職員ひょうごネットワーク共同代表) 赤松 竜(神戸市) 粟原富夫(神戸市議) 井奥雅樹(元高砂市議) 池田 清(松蔭女子大学) 石川豊子(西宮市) 石塚 健(元教職員ひょうごネット共同代表) 李敬宰(高槻むくげの会) 石田加代(神戸市) 市村善之(神戸市) 井上 力(元神戸市議) 井上由紀子(神戸市) 色平哲郎(内科医・長野県) 岩野政樹(尼崎市) 岩村義雄(神戸国際キリスト教会牧師) 太田光征(「平和への結集」を目ざす市民の風代表) 大西誠司(北神戸9条の会) 大野貞枝(芦屋市) 大橋真司(静岡市) 恩田怜(元神戸市議) 梶原義行(神戸市) 片岡 隆(芦屋「九条の会」) 加納花枝(I女性会議ひょうご) 河内謙策(弁護士アピールを支持する市民の会) 川辺比呂子(明石市) 北上哲仁(川西市議) 木下達雄(平和憲法を広げる兵庫県民会議・阪神代表) 木村 修(マブイ・シネコープ代表) 黒田達雄(長田9条の会・建築士) 小林るみ子(神戸市議) 下司正彦(憲法を生かす須磨区の会) 紅林 進(東京都) 神戸YWCA平和活動部 小谷美智子(神戸市) 小寺山三左子(芦屋市) 小寺山康雄(ポポロ) 後藤玲子(弁護士) 酒井 一(尼崎市議) 櫻井幡雄(すまはまの会) 櫻井智志(川崎市・社会思想史研究者) 佐野修吉(神戸市) 嶋谷数博(高砂市) 市民社会フォーラム 塩谷裕子(吹田市) 下薗紀一郎(福岡市) 新原三恵子(神戸市) 菅野逸雄(加古川市) 菅野 博(加古川市) 陶山喜代子(守口市) 高島 仟(元神戸交通労働組合委員長) 高田富三(神戸再生フォーラム) 高橋精巧(神戸市) 高橋秀典(日朝ネット) 竹田雅博(神戸市) 竹山清明(京都橘大学) 田坂富士雄(神戸市) 田島 隆 田中和恵(千葉市) 田中慶子(千葉市) 田中敏夫(神戸市) 田原利継(和歌山市)チェイス洋子(西宮市) 坪谷令子(明石市) 寺尾光身(埼玉県) 寺沢京子(神戸YWCA平和活動部代表) 出口俊一(兵庫県震災復興研究センター) 東條健司(多井畑9条の会) 中島 淳(神戸芝居カーニバル実行委員会事務局長) 中島秀男(憲法を生かす会・垂水) 中田作成(新しい神戸をつくる市民の会) 永岡浩一(神戸市) 長瀬春代(箕面市) 中村典子(兵庫県被曝2世の会) 南條恵津子(西宮市) 中山弘樹(組合役員・東京) 難波希美子(大阪府能勢町) 丹羽良子(栃木県佐野市) 野村修身(東京都) 萩尾健太(弁護士・東京) 浜田守彦(ブログ「ひこばば」主宰) 原 和美(9プラス25改憲阻止市民の会世話人代表) 半澤惠子(伊丹市) 東本高志(ブログみずき~「草の根通信」の志を継いで~主宰・大分県) 久木義雄(浦安市) 飛田雄一(神戸学生青年センター館長) 広畑貞昭(尼崎市) 古田裕子(川西市) 古谷 仁(元宝塚市議) 「平和への結集」を目ざす市民の風 前川繁代(金沢市) 前田純一(堺市) 前田辰一(芦屋市議) 増田 紘(多聞/神陵台9条の会) 松尾満子(育児おばあ) 松上辰之(尼崎市) 松原秀臣(名古屋市) 松本 誠(市民まちづくり研究所代表・明石市) 三原啓史(音楽9条の会・池田市) 村井雅清(被災地NGO恊働センター代表)  村岡到(参院選選挙協力を望む会・東京都) 村上真平(農民/三重県) 室田正則(姫路市) 毛利正道(弁護士・長野県) 守田基師子(話し方コンサルタント) 森村啓一(高槻市) 森本克則(神戸市) 谷中進吾(神戸市) 柳田勘次(元兵庫県総評副議長) 山崎 貢(憲法を生かす北区の会) 矢野 宏(新聞うずみ火代表・大阪市) 山田吉則(大津市) 山本智映(松江市) 山本幹夫(大阪市) 吉岡治子(神戸市) 吉田 収(米国) 吉田俊弘(憲法を生かす会・灘) よつや薫(西宮市議) 若嶋秀明(明石市)           〔計117  4/5 現在〕

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賛同のお願い (下記の用紙でFAX または E‐メール等で お寄せください)
「とめよう壊憲!護憲結集!」討論集会実行委委員会の取り組みに賛同します。
お名前                  (個人、団体いずれでも) 公表 可 ・ 不可 
おところ                                                                   
連絡先 TEL・FAX                        
E-Mail                                            
あて先 Tel/Fax 078-733-3560  Eメール minami2satou@kxa.biglobe.ne.jp(佐藤三郎)
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今もなお世界を苦しめるサッチャーの悪しき遺産

2013年04月10日 20時19分45秒 | 一人も自殺者の出ない世の中を
Joy not grief as those opposed to Thatcher celebrate her death


●サッチャー死去 今なお生きる国家再生の教訓(4月10日付・読売社説)

 衰退しつつあった英国を蘇生させたばかりか、冷戦終結に重要な役割を演じ、世界を変えた女性政治家だった。
 1979年から11年間の長きにわたり、英首相を務めたマーガレット・サッチャー氏が8日、87歳で死去した。
 安倍首相は「意志の力を身をもって示した偉大なリーダーであり、国家国民のためにすべてをささげた尊敬すべき政治家であった」と、弔意を表した。
 今なお、日本がサッチャー氏から学ぶべきことは多い。最大の業績は、サッチャリズムと呼ばれる大胆な改革を推進したことだ。
 「小さな政府」によって、経済停滞と国家財政悪化という「英国病」の病根にメスをいれ、民営化や、金融市場の「ビッグバン」などの規制緩和を断行した。手厚すぎる福祉の抑制や炭鉱合理化など不人気な政策も果敢に進めた。
 金融に比重を置くあまり、製造業は弱体化し、貧富の格差が拡大したという負の側面もあったにせよ、改革は90年代からの経済成長の基礎を作ったと言える。
 中曽根政権の電電公社や国鉄の民営化、橋本政権の掲げた日本版ビッグバン(金融制度改革)もサッチャリズムの系譜に連なる。
 サッチャー氏が、レーガン米大統領のレーガノミクスとの連携で、世界経済の停滞を打開した功績は大きい。
 日本は今、アベノミクスで経済再生に取り組んでいる。安倍首相にも実行力が求められよう。
 サッチャー氏の教育改革は、安倍首相にも影響を与えた。首相は自著で、歴史教育の「自虐的」な偏向の是正と、教育水準の向上を図ったと評価している。
 サッチャー氏が、国際政治で果たした役割も忘れられない。
 米国による中距離核の欧州配備などを巡って米欧の足並みが乱れかけた時、ソ連に軍事面で対抗する必要を説いた。サッチャー氏は、西側陣営の団結、そして冷戦終結の立役者であった。
 世界が注目したのは82年4月、アルゼンチン軍が南大西洋の英領フォークランド諸島に侵攻した時のことだ。サッチャー氏は、直ちに英軍艦隊を派遣して諸島の奪還に成功した。
 「何よりも国際法が力の行使に勝たなくてはならないという原則を守ろうとしていた」というサッチャー氏の言葉を、安倍首相は施政方針演説で、引用している。
 国際法を順守しつつ、領土、主権を断固守る。その強い信念が、今の日本にも問われている。
 http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20130409-OYT1T01584.htm

 英国の元首相マーガレット・サッチャーが亡くなりました。訃報の殆どは、彼女の推し進めた経済緊縮政策やフォークランド紛争での勝ち戦を、「鉄の女」の功績として上記のようにたたえるものが大半でしたが、少し調べただけでも、「ソ連から西側の自由を守った」なぞと持ち上げる事は到底出来ない人物である事が、次々と明らかになってきました。
 

●マーガレット・サッチャー(1925-2013):緊縮経済からアパルトヘイトまで英国元首相の遺したもの、タリク・アリが語る(Democracy Now!)

英国のマーガレット・サッチャー元首相が死去しました。87歳でした。サッチャーは英国初の女性首相として3期にわたり首相を務めました。「鉄の女」として知られたサッチャーは、米国のロナルド・レーガン元大統領とともに緊縮経済の代名詞となりました。彼女は、新自由主義(ネオリベラリズム)を批判する人びとに「代案はない」と断言したことでも有名です。ストライキを行う鉱山労働者との長い闘いは、英国の組合運動に大打撃を及ぼし、民営化の波をもたらしました。外交政策では、サッチャーはアルゼンチンとのフォークランド紛争を進め、チリの独裁者アウグスト・ピノチェトに対する決定的な支援を行い、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)を支持してネルソン・マンデラを「テロリスト」と呼んでいたのは有名な話です。サッチャーの遺したものについて、パキスタン系英国人の政治評論家、ライター、活動家でニュー・レフト・レビューの編集者であるタリク・アリにロンドンから話を聞きます。
 http://democracynow.jp/dailynews/13/04/08/3?page=1

●ミュージシャンの批判対象にも(NHKニュース)

4月9日 13時26分経済の自由化に取り組んだ一方で貧富の格差の拡大を招き、さらにはフォークランド諸島を巡りアルゼンチンと戦火を交えたサッチャー元首相は、1980年代、若者たちの不満を代弁するイギリスの数々のミュージシャンの批判の対象となりました。
このうちバラード曲「シー」のヒットなどで知られるエルヴィス・コステロさんは、1983年に発表した「シップビルディング」という曲で、軍艦を作る造船所の町の悲哀を通してフォークランド紛争への抗議の意思を示しました。
またポール・ウェラーさん率いるザ・スタイル・カウンシルは、1984年のヒット曲「シャウト・トゥ・ザ・トップ」で、「底辺に落ちてあえいでいるときは、いちばん偉いやつに叫べ」と歌っています。
ウェラーさんは、自身のホームページに掲載されたインタビュー記事の中で、「当時、労働組合は弱体化させられ、炭鉱作業員のストが相次ぎ、失業者があふれた。サッチャーは暴君、独裁者だった」と述べています。
また、ザ・スミスの元ボーカリストでソロ活動を続けているモリッシ-さんは、1988年に発表した「マーガレット・オン・ザ・ギロチン」という曲の中で、「マーガレットをギロチンにかけろ」とサッチャー元首相を激しく批判しています。
モリッシ-さんは、サッチャー元首相の死去を受けて「サッチャー氏のせいで、次に女性が首相になることはないだろう。彼女は道を開いたのではなく、閉ざしたのだ。サッチャー氏は、人間性のかけらもない恐怖そのものだった」と極めて辛辣(しんらつ)なコメントを発表しました。
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130409/k10013783571000.html

●モリッシーが寄稿した他界したサッチャー元英首相についてのコメント全文訳(アールオーロック・ニュース)

4月8日に他界したサッチャー元イギリス首相をモリッシーは痛烈に振り返っている。
ニュース・サイトのデイリー・ビーストにモリッシーは公開書簡という形で寄稿し、サッチャー女史の「行動はすべてがネガティヴィティに駆られたものだった」と評し、「野蛮で」「人間性など分子ひとつ分も持ち合わせていない歩く恐怖」だったと次のように綴っている。
「サッチャーが今も鉄の女と振り返られているのはどうしてかというと、その決して屈しない頑迷さや他人に耳を絶対に貸さないというまったくもってネガティヴな気質を持っていたからに過ぎません。
サッチャーの行動はすべてがネガティヴィティに駆られたものでした。サッチャーはイギリスの製造業を破壊し、炭鉱労働者を忌み嫌い、芸術を敵視し、北アイルランドの独立擁護派を憎悪しては死なせ、イギリスの貧民を蔑視してなんの救済の手立ても考えず、グリーンピースや環境保護活動家を嫌い、ヨーロッパの政治指導者としてはただ一人だけ象牙売買の禁止に反対し、ユーモアも温情も持ち合わせず、自身の内閣によって最後には放逐される羽目にもなりました。(フォークランド紛争で)アルゼンチン海軍巡洋艦ベルグラノを爆破させろと命じたのもサッチャーでした。ベルグラノがマルヴィナス(フォークランド)島排他的水域の外に出ていて、島から離れる途上にあったにかかわらずです! ベルグラノに乗船していた多くの若い水兵たちが嘆かわしく不当な死を迎えたこの時、サッチャーはイギリスのプレスに向けてガッツポーズを取って見せました。
これが鉄のよう? いいえ。では、野蛮? そうです。女性の権利獲得が進歩したからこそイギリスの人々の大半も自分たちの首相が女性であることも可能だと受け入れるようになったにもかかわらず、サッチャーはフェミニストを忌み嫌っていました。しかし、サッチャーのおかげでイギリスの政治で女性が権力を握ることは二度となくなったはずで、この門戸をサッチャーは自分に続く女性のために開けるどころか堅く閉ざしてしまったのです。
サッチャーはその政権時代に痛みを強いられなかった人たちのみから感傷的に懐かしがられるだけで、イギリスの大半の勤労層はすでにサッチャーのことなど忘れてしまっているし、アルゼンチンの人々は祝杯を上げることでしょう。事実として、サッチャーは人間性など分子ひとつ分も持ち合わせていない歩く恐怖だったのです」
 http://ro69.jp/news/detail/80719

 彼女は、旧ソ連や共産主義の独裁は非難しながら、反共独裁のチリのピノチェトや南アのアパルトヘイトは支持し、自由の闘士ネルソン・マンデラをテロリスト呼ばわりする、単なるご都合主義者にしか過ぎませんでした。「鉄の女」というのも、実際は、自分だけ中産階級から特権階級に這い上がろうとした只の「冷血漢」でしかなかったようです。「ソ連から西側の自由を守る」と言いながら、労働者の団結権や報道の自由は抑圧。学校へのミルク配給や医療のセーフティネットをズタズタにし、人頭税まで導入。女性解放や環境保護の運動も敵視。結局、サッチャーの言う「自由」とは、弱者や庶民の自由や人権ではなく、「勝ち組」による「弱い者虐め」「搾取の自由」でしかなかったのです。そして、本来ならそのサッチャー保守党に対抗すべきトニー・ブレアの英国労働党をも、保守党と同じ「イラク戦争賛成・新自由主義推進」政党に変質させてしまいました。
 この日本でも、そのサッチャーの教えを継いで、かつて中曽根や小泉が国鉄分割民営化や郵政民営化を行い、郵便局を過労死と官製ワーキングプアの巣に、JRを安全軽視・事故多発の職場に変えてしまいました。日本の社会党も、英国労働党と同様に右傾化を繰り返した末に自滅してしまい、その後を今度は民主党が辿ろうとしています。そして今や、橋下が大阪の町壊しや教育の破壊を、石原が外国人や障害者虐めを、安倍や片山さつきが弱者切り捨てを推進しています。サッチャーの残した悪しき遺産は今も世界を苦しめています。
 こんな輩の一体どこが「自由の守り手」か。御用マスコミは提灯記事ばかり書くな。何が「惜しい人を亡くした」か。それまで曲がりなりにも福祉社会だった英国を、米国並の拝金主義の格差社会に変えてしまっただけじゃないか。サッチャーなんかよりも、ラテンアメリカを多国籍企業の横暴・搾取から救ったチャベス・ベネズエラ大統領の死去の方がよっぽど惜しまれる。日本のサッチャー・ヒトラーも早く死んでくれ。
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