アフガン・イラク・北朝鮮と日本

黙って野垂れ死ぬな やられたらやり返せ 万国のプレカリアート団結せよ!

くさい芝居はもう沢山だ!

2009年01月17日 15時15分51秒 | 二大政党制よりも多党制
 
※画像解説:
 自慢げに掲げた離党届には、自民党への感謝の言葉も。
 所詮は偽装「反自民」によるガス抜きか。(出典:産経新聞)


 昨日の仕事帰りに、駅のベンチに置いてあった夕刊フジ(1月17日付最終版)トップの、「『喜美新党』旗揚げ」の見出しに目が行き、12面に掲載の当該記事を読んでみました。

 それによると、自民党を離党した元行革担当相の渡辺喜美が、無所属衆院議員の江田憲司らと、脱官僚主義や地域主権などを柱とした新党結成を模索しているのだとか。他にも、政府の道州制ビジョン懇談会座長を務める江口克彦(PHP総合研究所社長)や、評論家の屋山太郎などが、この「喜美新党」への参加に意欲を示しているとも。

 何の事はない。道州制論者にネオリベ評論家も登場して、以前私がブログで批判した「せんのう」もとい「せんたく」と、全く同じ動きじゃないですか。つまり、一見「反自民・反官僚」を装っての、自民党・保守勢力による延命戦術に他ならない、という事です。
 これは、自民党や保守勢力が、今まで通り政権を維持出来なくなった時に、いつも使う常套手段です。「同じ穴のムジナ」のネオコン・ネオリベ仲間でありながら、如何にも「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」風の、「何かやってくれそうな人」を装った似非「改革者」を、やにわに登場させて、そいつに期待を持たすだけ持たせておいて、ほどなく似非「改革者」の権力掌握となった後に、ほとぼりが冷めた時点で、その似非「改革者」をまた自民党が取り込む、と。

 そうやって、自民党は、今度は「同じ穴のムジナ」の力も借りて、以前よりも更に「焼け太り」する、と。今まで何度、それで煮え湯を飲まされてきた事か。
 その例として、古くは70年代後半の新自由クラブや、90年代初頭の日本新党があります。最近では、小泉改革が、その一番分かりやすい例でしょう。「自民党をぶっ壊す」と言って自民党総裁・日本国首相になった男に、自民党を生きながらえさせて、ぶっ壊されたのは我々の生活の方でした。

 そして、自民党とは一時は袂を分かち、刺客さえ放たれた郵政造反議員も、ほとぼりが冷めたら選挙時の公約はどこへやら、最後には元の自民党の鞘に納まって。結局、自民党による、郵政票と反郵政票の二重取り詐欺ともいうべき結果に、終わっただけではなかったか。

 その小泉政権の後も、最初の安倍内閣を散々こき下ろしていた今の厚労相を、安倍が人気挽回の為に閣内に取り込み、厚労相・安倍内閣とも「もちつもたれつ」の結末に持って行った事も、記憶に新しい所です。今の麻生にしてもそうでしょう。やれ「ローゼン閣下」だの「オタクの味方」だのという触れ込みで、総理に祭り上げられたものの、実際に首相をやらせたら、もうトンでもない人物でした。
 
 今回の渡辺喜美にしてもそうです。この人物、元・行革担当相でしょう。行政改革は本来自分の仕事だった筈。それが、大臣の任期中には役人と喧嘩一つするでなし、特段何もしなかったくせに、離党した今頃になってから「脱官僚政治」とか言われても、全然説得力がありません。裏返して捉えれば、「大臣の仕事を何もして来なかった」と、自分から言っている様なものじゃないか。
 本当は、「脱官僚政治」なんて、単なる口実にしか過ぎないのでしょう。実際は、麻生内閣の不人気ぶりが、もう誰の目にはハッキリしてきたので、自分だけ「泥船」から抜け駆けを図ろうとしただけの事でしょう。

 その渡辺に、ナベツネなどの財界中枢が目をつけたのでしょう。何故なら、渡辺の主張というのが、「道州制」や「大連立」や「消費税増税」にしても、全て財界が長年に渡って要求してきた事ばかりじゃないですか。それを、今までは小泉にやらせ、安倍にやらせ、福田にやらせ、麻生にやらせていただけの話で。
 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090114-OYT1T00705.htm

 ところが、その財界主導による新自由主義路線によって、ここまで格差・貧困が広がり、それに対するワーキングプアの反撃も、本格的に始まろうとしている。もはや、自民党のこれまでの面々だけでは、国民を支配する事は出来なくなっている。
 そんなこんなで、「せんたく」も大連立も、自民党総裁選も、全て不発に終わったが、そんな事ぐらいで諦める財界では無い。此処は是非とも、新たに「客寄せパンダ」を登場させて、目先を変えさせる必要がある。その為に、渡辺が担がれてきたのでしょう。

 それは、こいつらの個々の発言一つ一つや、政策集団のネーミングにも、如実に現れています。
 渡辺は、離党後の会見で、「全国各地の志の高い人々、この国を変えるべきという人と国民運動を起こしていきたい。『国民会議』を立ち上げたい」と言ったそうですが、何をか況やです。折角の「志の高い人々」という美辞麗句も、渡辺が言うと、ギラギラした権力欲だけが鼻について、逆に白けてしまいます。
 「国民運動、国民会議」と、二言目には「国民」を引き合いに出すのも、勘弁して欲しい。何で我々が、お前らとの一蓮托生を、一方的に強いられなければならないのか。そんな、ナチスや戦前の大政翼賛会みたいなものに、引っ張り込まれて堪るか。

 また、この手の人たちは、自分たちの事を、よく幕末・維新の志士に準えたりもします。例えば、今回の渡辺新党のパートナー江田憲司は、かつて立ち上げた政策集団に、「脱藩官僚の会」と名付けました。また、大阪府知事の橋下徹も、「小泉政治の二番煎じ」にしか過ぎない自分の政治手法を、「維新政治」に準える事をよくします。
 しかし、明治維新とは、そもそも何であったか。そう言えば、「明治維新はブルジョア革命か否か」という歴史論争が過去にありましたが、この論争も、平たく言えば「革命には非ず、下層武士による体制内クーデターだった」という所に、落ち着いた様です。

 要するに、明治維新とは、封建社会が行き詰まり、江戸幕府が倒れようとした時に、危機感を抱いた薩長土肥の下級武士たちが、京都の朝廷を担いで起こした「革命予防クーデター」でしかなかったと、言うことです。権力掌握までは、相楽総三の赤報隊などを使って、「年貢半減」などの空公約を散々ふりまいておきながら、藩閥政府樹立後は一転して、全国各地の百姓一揆や、地租改正反対運動や、後の自由民権運動を抑えつけ、富国強兵政策や松方デフレ政策によって、農村を窮乏のどん底に追い込み、「ああ野麦峠」や「女工哀史」の悲劇を、其処彼処に生み出したのですから。

 そんなモノに自分を準えて、一人悦に浸っているのですから、お里が知れます。要するに、こいつらは、みんな「上から目線」なのですよ。陰に回れば、派遣村の人間を蔑み、「派遣規制は国の活力をそぐ」などと嘯きながら、プライドだけはやたら高く、自身の権力欲・出世欲でしかないものを、如何にも一端の国士気取りで、「志の高い」だの「義命」だのと言い繕う。傍から見れば、裸の王様が「俺様はこんなに偉いんだ」と、自慢している姿にしか見えないのに。

 そんな、「911ブッシュ劇場」や「小泉劇場」と同じ手が、そう何度も何度も通用するとでも思っているのか。これ以上、我々の税金を使って、くさい三文芝居をするのは止めろ! そんな金があるのなら、全部派遣村に回せ!
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ガザ・派遣村から北朝鮮の人権へ | トップ | 転載:メディアとイスラエル... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

二大政党制よりも多党制」カテゴリの最新記事