この春に17年前に知り合った友人が亡くなりました。
漠然と知り合ったのでは無く、お互いに同病の仲間を求めてブログ界を彷徨い、探し、知り合うべくして知り合った病気と闘うお仲間。
私と友人の病気は耳下腺ガンと言い、10万人に0,6人(2人という説もある)の割合で発症する希少ガン。
なので参考になる本も資料も無く、まして同病を語り合える仲間もいない。
最初の手術後、不自由な体で外出もままならず、以前開設し、放って置いたブログをいじり始め、病気の事を書いた。
そのブログを訪れて下さったのがshigekoさん。
彼女は私より2年前に手術していた。
その頃私は顔の左側の大きな手術痕におなかの筋肉を移植中で、
お腹のポタポした脂肪もシッカリ顔に付いていた。
顔が重かった。
彼女も移植経験者で、彼女の表現では耳から頬にかけて「アンパン」が付いていたそうだ。
私も全く同じなので、笑ってしまった。
一年後、筋肉が着床したのを確認し、脂肪を抜く予定だったが、イメージがわかず、この先どんな顔になるのか不安だった。
その時見も知らない私に、手術前の写真と後の写真をメールで送ってくださったshigekoさん。
なるほど、こうなるのかと安堵し、将来への希望が出てきた。
感謝してもしきれない優しさを彼女から受け取った。
その後、銀座三越でお会いし、感激のあまり泣いてしまった。
菊日和さん、bonjiさんを加えて4人で会う事もあり、お付き合いが長く続いていた。
私は手術で左が聞こえず、彼女は同じく右側が聞こえなかった。
二人並んで話すには「ちょうどよいわね」と笑いあった。
菊日和さんと3人の鎌倉三十三観音巡り、鎌倉七福神巡りも楽しい思い出になってしまった。
家族葬だったけれど、菊日和さんと参加させて頂いた。
娘さんが、「コロナ禍で、お友達とも会えず、寂しい思いをしていたと思うので是非おいで下さい」と。
感じの良い優しい娘さん家族とご主人に見送られの旅立ち。
帰りに菊日和さんがhigekoさんとよく行ったという天ぷら屋さんに行き
お互い尽きぬ思い出を語った。
ご冥福を祈ります。
私を力づけて下さったshigekoさんの優しいお人柄と思い出、決して忘れないでしょう。
一年前から予期していましたが、やはりそのお知らせはショックで、
大変な時に支え合った仲間を失った喪失感でいっぱいでした。。
ブログに書く事で、彼女を知ってらっしゃる方へのご報告をさせて頂き、
また忘れるわけではありませんが、自分の気持ちの区切りとしたいと思いました。
なお私は今は健康、不自由は少しありますが、元気で好奇心いっぱいです。
三十三観音の御朱印帳。
三十三観音巡りの結願・円覚寺内の仏日庵にて記念写真。
手芸の上手な方で、ペルーのアンティーク・モラを手提げに仕立て、頂いた。
大事に使っています。
※今日夜からしばらくお出かけします。
コメントの返信が遅くなるかもしれませんが必ず読みますね。
未だ私がshigekoさんを知らない時ですが、銀河さんが着物を自分で縫ってると聴いて
私の手芸に使いたいので、いらない生地を下さいと銀河さんに頼んだ事がありました。
後から知ったのですが着物って余分な生地は出ないのですね、その事を知ったshigekoさんが銀河さんから住所を訊いて
私に送ってきてくれました。
その後、銀河さんからshigekoさんを紹介してくれました。
2回ほどご一緒して芝居や食事しましたが、大変手先が器用な方で物静かな方でした。
今、私が使ってる針山ですが、shigekoさんが送ってくれたものです。
銀河さんやshigekoさんと、私が知り合った頃のお二人からは、そんな大変な思いがあったなんて
私は忘れる程、自然な空気が流れてました。
銀河さんがshigekoさんを亡くされ、ショックと喪失感で一杯だった。
でも、このようにshigekoさんの記事を書き、shigekoさんとの区切りを付け、銀河さんは元気に生きて行く。
shigekoさんもこの文章を読み、気っと喜んでくれてると思います。
shigekoさんのご冥福を祈っております。
shigekoさんはコメントは残さなかったのですが、
ラッシーママさんのブログを読み、和布を必要としているのをご存知でした。親切な方でした。
shigekoさん、菊日和さん、bonjiさんはブログの最初のお友達で、この4人で新年会を開こうと思ったら、
人を繋げるのがお上手なbonjiさんが花水木さんやラッシーママさん達に声をかけてくださいました。
shigekoさんは来られなかったのですが、
今につながるブログ友を得ることが出来ました。
色々思い出すことがあります。
大切なお友達をなくされてしまいましたね。sigekoさん 初めて聞いた話で お互い同じ病気をし特別な友達だったんでしょうね。
実は私の親友 Sさん(高校の同級生で宮城在住)
昨年11月 友達5人で食事をし、その時歯医者にずっと通ってたの事、治らず 薬科大 その後東北大で口腔がんと分かり1月手術をし、顎の骨をとりひざ下の骨を顎の代わりに作り、腿の筋肉をとって顎につけたようです。
9月から入院し 放射ん線治療が始まるとのこと
これから先も大変なようです。
どこが悪くても大変ですが、私までが戸惑っています。
旅行中こんなお話しでごめんなさいね。
銀河さんにお会いした時はにこにこ顔で本当に心から素敵な人なんだと思いましたよ。
この前 古川さんから電話ありました。
長々お話しし、一度もお会いしてないのにブログの友って良いですね。
まだまだ暑さが続くようですが、お互い体に気を付けながら過ごしていきましょう!
本当に大変です。
私は、おかげさまで益々強くなってしまいました。
お友達も一命をとりとめたけれど、これからも大変な
治療が続くのですね。
へこたれない精神力が、回復に役立ちます。
それと家族と友人達の自然な励まし・・・健康を気遣ってくれる気持ちがとても嬉しいのです。
大事な回復を応援しています。