東北アルパインスキー日誌 ブログ

東北南部の山での山スキー、山歩き、山釣りなどと共に、田舎暮らしなどの話を交えながら綴っています。

志津~石跳川~湯殿山 2020.12.27

2020年12月27日 | 山スキー
年末年始は悪天候が予想されるので今日は駆け込みで湯殿山へ。何時もの常連のAさん Gさんの後を追って石跳川に入ると、この時期では上出来な豊富な雪で石跳川はすっかり埋まり、何の苦もなく南東尾根上に上がって湯殿山の山頂を目指した。
先行者が3名いるがその姿は既に森林限界から先の南東尾根上にあり、ロートル3人組はすっかり楽をさせてもらって2時間50分で山頂に到着。先行者は東斜面を下ってどうやらその後姥ヶ岳を目指している様だ。昨年買った板はやや長くて持て余していたが、軽い新雪に飛び込むとトップが浮きやすくテールの抜けも良くスピードにも乗り快適で、ようやくこの板の癖を掴んだ気がして今日はそれなりに納得の日となった。
帰りがけに河北町の地酒を扱う店に寄ってみたが、朝日鷹が1本だけ残っていたのですぐゲットして帰った。
所要時間 4時間20分
【関連サイト】 東北アルパインスキー日誌
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山スキーの元祖となる金具 (かなり昔に書いた駄文ですみません) 2020.12.10

2020年12月10日 | 山スキー

 「パチンコ」 山スキーヤーでこれをご存知の方はど位いるだろうか?パチンコとはまたの名を「フィットフエルト」とも言う。この締具は革製のバンドにフック式の金物を取り付けたもので、ヒールフリーで登山靴、スキー靴、またはゴム長靴でも使用できる便利な代物だった。もしご存知であれば少なくても私より年代は上の山スキーヤーでしょう。

 自分は長年山スキーをやって来て、ある意味でラッキーな体験をした一人と思っている。今使っているビンディングは多機能、かつ高性能のディアミールだが、ここまで至る間の変遷は実に長い。これは子供の頃の遊び道具を含めての話だが、山スキー関連という考えからすると次の様になる。パチンコ(フィットフェルト)→カンダハー→ジルベレッタ100?(初期のワイヤー式)→サレワツアービンディング→ディアミール。

 ディアミール以前はあまり山スキーをやっていなかったので、当時山スキーで主流を占めたジルベレッタ100~400系を使ったことはなく重要な部分が欠落しているが、それ以前のパチンコとカンダハーには色々とお世話になった経緯がある。えらい大昔の話でこうしたかつての愛好家はきわめて少数派だろうが、自分にとってはスキーの変遷を辿る上で貴重な経験と思って実に思い出深い。

 フィットフェルトとの最初の出会いは小学生の頃、ゴム長靴に単板スキーに竹のポールというスタイルの時代だった。板にはエッジなどは無く、ソールも今のようなポリポロピレン製では無く木にラッカーを塗った安物だった。購入先はスポーツ店などではなく、近くの金物やとか本屋などで買った思い出がある。要するにスポーツ用品でもなく、生活に直結したした用具でもない、単なる遊び道具の「おもちゃ」だった。

 この単なるおもちゃの締具なだが、実は今の山スキーの基本的な要素に通じる多くの思い出がある。子供の頃はといえば山奥の暮らしで、冬になると子供の遊びばソリとスキーが唯一熱中できる時間だった。近くにスキー場などというものは無く、フィールドは裏山の伐採地跡とか杉の植林地で、もちろん踏み固められた斜面などは無く、自分の板で踏み固めてコースを作るのが常識。

当然便利なスキーのシールなど無かったが歩いたり斜面を登高することも可能だったので、雪の斜面を求めて裏山を歩いて行くときの気持ちは今の山スキーと通じるものが有ったと思う。雪深い田舎の山村では子供の頃の遊びはスキーとそり遊び位しかなかったので、この頃に刷り込まれた遊びの感覚が今でも消えないのだろうと勝手に思っている。

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お気に入りの板 姥ヶ岳初滑り 2020.12.06

2020年12月06日 | 山スキー
 
皆さん誰でも自分のお気に入りで中々手放せない山道具やスキー用具など有ると思います。自分は余り用具をも持たない方なので拘りは少ないが、山スキーの板にはこれが有る。
今度、2005年モデルのサルモン「ポケットロケット」のビンディングをG3に付け替え、姥ヶ岳の初滑りでテストしたくてやって来た。
あるサイトによると、「今回のサロモンのポケットロケットは「ファットスキー」と言う言葉を生み出した
バックカントリーの祖!なんていわれたりしております!(諸説あるうちの一つです)
初代でいきなり登場したにも関わらず、完成度が高すぎたので後々出てくる板も形から設計まで踏襲すると言う伝説の板なんです!そのデザインから「ガンダムモデル」と言われ親しまれています。」
今ではもっと素晴らしい板は沢山あるでしょうが、こんな古い板でも散々使いこなしてきた相棒なので、あと5年くらいは現役で活躍してもらおう。
山の方はと言うとこれが散々な状態で、登りはともかく視界不良の姥ヶ岳から下降でホワイトアウトに難儀し、半年使っていなかった太股の筋肉はパンパンで、下りの方が辛い修行の日で終わった。
 
所要時間 5時間半
 
【関連サイト】 東北アルパインスキー日誌
 
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