先週、天童のアウトドア用品店「マウンテンゴリラさん」に立ち寄り、「朝日水源の沢」という1冊の本を買い求めた。この本の著者は日本を代表する沢屋さんの宗像兵一さんという方で、山岳雑誌「山と渓谷」や「岳人」の沢の記事によく登場する著名な方です。私は残念ながら面識が有りませんが、東京で沢登り専門の社会人山岳会「逍遥渓稜会」を立ち上げ、およそ30年に渡り朝日連峰の沢を極められた方です。現在は沢登り専門学校の「渓友塾」を経営されている様です。
本の内容は朝日連峰の沢登りの記録の集大成ですが、まず手に取ってみた時の分厚くて重い感触、そして開くとその記録数の膨大さと充実した記録、そして実に詳細な遡行図の数々に驚かされた。本は367ページに及ぶ内容で実に106本の記録が有り、豊富な写真と遡行記録には圧倒されてしまいました。今回は400部限定の自費出版という事ですが、構成も立派で流域の分類も解り易くて読み易く、全体的に実に丁寧な創りの本だと思います。頒布価格は¥3000となっていますが、この内容では某有名出版社なら8000位を付けてもおかしくはないと思います。店主に話を聞いてみたところ入荷した10部は私で完売してしまい、意外な事に沢登りをされる方以外のお客さんが多いとの事でした。
今まで朝日連峰沢登りの単行本での記録集はおそらく無く、白水社の日本登山大系の記録などを参考にしていた方も多いと思います。事実自分でもそうだったが、ただこの記録は下部本流筋の記録は無く、稜線から下降して上部の詰めの部分だけを登った記録で、本来の沢登りの記録とは言えないところが有る。しかも大雑把で正確さを欠いており、記載されていないゴルジュや滝なども出てくる。おそらくまだ雪渓の豊富な時期の遡行だったのではないだろうか?
朝日連峰、飯豊連邦は山域が実に広大で、沢登りの対象となる沢は膨大な数に及び、その主要な沢を踏破するだけでも、並外れた努力とモチベーションそして組織力が無ければ不可能だ。常に意欲的な新人を鍛え上げ、ハイレベルな遡行を実践し続ける事は、よほど多くの沢屋さんを魅了する実力と人望があったと思います。自分のようなアルパインクライミングからの転進組にはとても及ばない、スペシャリストとして沢に対する深い畏敬の念と誇りが感じられます。そういう意味では「朝日の沢の金字塔」または「朝日の沢のバイブル」といっても決して言い過ぎでは有りません。
それにしてもこれほど「記録の重要性」を感じるのも他に有りません。これほど詳細で正確な記録を残すとなると、大変な手間と膨大な時間を要します。出版まで6年余りの年月を掛けたそうですが納得です。
一般的に記録を残したりする事が不得手だったり、その発表のに抵抗感を感じる方も少なくない様です。しかし記録は単に自分自身の日記という意味だけではなく、読者に情報、感動、競争心を与え、何がしかの影響力を持つはずです。読む読まないは本人の勝手ですが、最近のネット社会では書く人より読む人の方が関心が高く、また読まれる機会も多いのではないかと思います。特にネットでの情報量の少ない東北の沢の記録はなおさらと思います。そういう意味でより多くの方の記録を期待したい。自分など遠く及びませんが、山屋としてこの様な記録の集大成を残す事は理想であり目標としたい所です。
ただ、個人的にはあまり記録が無くて人の入らない、期待と不安、そして意外性が支配する沢登りの世界が気に入っていますが・・・。