雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

雨宮日記 12月19日(水) 長女が頼んであった年賀ハガキを持って…

2012年12月20日 05時56分19秒 | 雨宮日誌

雨宮日記 12月19日(水) 長女が頼んであった年賀ハガキを持って…

 今日は異常に寒いです。

 夜、長女のTさんが、Tさんの友達が扱っている年賀ハガキ(150枚)を持って、実家のわが家に寄ってくれたので、Tさんと則子さんとボクの3人で、いろいろ話しました。

 TさんはTくんと昨年、結婚して十軒町のわが家の近くの東区中田町のアパートに二人で住んでいて、新婚生活を満喫しています(たぶん。ぼくと則子さんは、2人だけのくらしはなかったので、ある意味、うらやましいですねえ)。

 話題は、年末年始どうする?という話で、ボクの兄(名古屋に永住して、毎年年末にわが家に寄る)夫妻が年末に来た時に、T夫妻もいっしょに飲もうかと、いう話。

 それと、元旦の1日に、「初生」(則子さんの実家)へ一緒に行こうか、という話をしました。

 総選挙の結果の話や、兎の豆子の話で盛り上がりました。


日本古代史の本 武澤秀一さん著『法隆寺の謎を解く』ちくま新書、2006年

2012年12月20日 05時26分00秒 | 古代史の本

日本古代史の本 武澤(たけざわ)秀一さん著『法隆寺の謎を解く』ちくま新書、2006年、新書版、280ページ、定価820円+消費税

 この本の冒頭に書かれているように、法隆寺といえば「柿食えば 金が鳴るなり 法隆寺」(正岡子規さん作)で、これが「柿食えば 金が鳴るなり 鴨江寺」でもダメですし、「柿食えば 金が鳴るなり 飛鳥寺」でもダメですね。

 法隆寺について「日本古代史の本」で、これまで、以下2つを書きました。3つめの紹介です。

 日本古代史の本 雑誌『サライ 2013年1月号』「法隆寺」特集 2012年12月14日 05時12分41秒 | 雨宮日誌

 日本古代史の本 谷沢永一『聖徳太子はいなかった』新潮新書、2004年 2012年12月15日 05時16分04秒 | 日本と世界の古代史

 著者の武澤さんは工学博士で一級建築士なので、法隆寺の謎を、科学的に、歴史的に、論理的にしつこく追求しています。こういう本は、大好きです。おすすめです。

 暗記物ではなく、一級の推理小説のような、推理物です。

 ー法隆寺は「全焼」したのか?

 ー法隆寺が全焼したなら「本尊」は焼けたのか?

 ーなぜ「本尊」が2つもあるのか?

 ーなぜ現在の法隆寺は左右対称でないのか?

 ーなぜ門の真ん中に柱が立っているのか?

 ー法隆寺の柱のエンタシスはギリシャ起源か?

 ー法隆寺と同じように塔と金堂が横に並ぶ百済大寺との関係は?

 ー同じ聖徳太子が作ったという四天王寺のタテ配置との違いはなぜ?

 ー法隆寺は「怨霊」の寺なのか?

 武澤さんは、法隆寺を追求するなかで、日本文化の原点、東西と南北、そして柱を巡る文化、時計回りと反時計回りなどを浮かび上がらせています。

 武澤さんなどのこういう古代文化・古代民俗の追求を、ぼくも考えて、このブログで、これから紹介していきたいと思います。

   ☆

 写真は法隆寺とは無関係ですが、ある日の雨宮家の夕食です。日本文化の模範のような、何でもありの、混合物です。あー、則子さんに作ってもらっていて、評論していてはいけませんね。ごめんなさい。ぼく、一生懸命、食べましたから、許してください。おいしかったです。

 歴史科学の本も、自然科学の本も、良質の本は、良質の推理小説のように謎解きがおもしろくて、おいしいですね。おいしい日本古代史の本、おいしい古代遺跡、おいしい古墳、おいしい遺物を紹介していきたいと思います。