私の行う肩関節痛の鍼灸治療は、今では非常にシンプルになり、常用はつぎの3つにすぎない。しかもbとcはペアで使うことが多い。
a.三角筋痙縮→三角筋圧痛点への運動針
b.棘上筋炎、棘上筋部分断裂→巨骨斜刺
c.上腕二頭筋長頭腱々炎→肩前水平刺
1.三角筋痙縮
年齢に関係なく、肩関節部の過使用(理容師、調理師など)や打撲で生ずる。老化現象とはあまり関係がない。三角筋は機能的に前部線維(上腕屈曲)、中部線維(上腕外転)、後部線維(上腕伸展)に区分されるが、前部線維の障害が最も多く、次いで中部線維の障害が多くみられるようだ。いずれも三角筋を調べれば圧痛が明瞭なので、圧痛点に浅針し、上腕挙上の運動針を行えば直後効果は非常によい。ただし身体には「元に戻そう」とする力が働いている。経過の長いものは1~2日で元に戻ってしまうので、抜針後に円皮針をおこなったり、自宅温灸したりといった工夫が必要になるケースがある。
三角筋と比べて地味だが、大胸筋の短縮により上腕挙上制限があることもあり、中府あたりの圧痛への運動針で急速に上腕挙上の可動域が増すこともある。
2.肩腱板の障害
老化現象が関係する。40才以上で、三角筋部の圧痛が顕著でない場合、本疾患を疑う。痛みによる上腕の挙上制限がある。外転の自動ROM<他動ROMとなる。肩腱板ではとくに棘上筋腱が問題になる。棘上筋腱部分は血行不良になりやすいので、カリエは「危険地帯」と称した。この危険地帯に針を入れるには、肩ぐうや肩りょうから肩甲上腕関節腔内への深刺では無理で、2寸以上#5程度の針にて巨骨斜刺(肩井を刺入点とし、肩峰下へと入れる。軽く雀啄して抜針)をしなければならない。単なる巨骨直刺では棘上筋に入るだけで、治療効果は得られないのである。
なお巨骨斜刺法は私が知ったのは、浅野周先生の「北京堂」のホームページからである。本法は非常に効果的な治療方法だが、治療持続効果はあまりないケースもあるので、肩峰~上腕外側を結ぶテーピングを併用し、棘上筋の負荷を軽減することを考える。
巨骨斜刺は、肩腱板炎にも肩腱板部分断裂にも効果がある。自動ROM=他動ROMであり、一見して凍結していると思える例でも、効果が出ることは珍しくない。
3.上腕二頭筋長頭腱々炎
本疾患が単独で出現することは稀であり、教科書的記述通りの臨床像はめったにない。炎症は長頭腱部だけでなく、肩甲上腕関節にまで炎症が拡大していることが多いので、巨骨斜刺が必要になる。なお単純な上腕二頭筋長頭腱々炎ならば、上腕骨結節間溝を走行する長頭腱への直接刺入(曲池方向への斜刺)しての運動針が効果ある。この部位は、肩前穴とよばれる奇穴になる。
実際には、肩前斜刺+巨骨斜刺を一つの配穴としてとらえると、細かな診断に頭を使うことなく、迅速な治療ができる。
4.肩峰下滑液包炎、石灰沈着性腱板炎
強い自覚痛を訴える。激しい炎症によるものなので、鎮痛剤を使って、まずは炎症を抑えることが必要になる。鍼灸はほとんど効果ない。
5.凍結肩
完全に凍結した状況(運動時痛なく、運動制限のみあり)であれば、鍼灸は効果ない。
6.上腕外側の放散痛に対する治療
上腕外側皮神経痛(皮膚の痛み)であり、本神経は腋窩神経の分枝である。上腕外側痛に腋窩神経ブロック点(肩貞)刺針をしても、効果に乏しく、上腕外側の疼痛部に対する局所治療が必要となる。最も効果的なのは、梅花針などの皮膚刺激である。
八髎穴は、左右8つの後仙骨孔をいう。臨床的によく用いるのは次髎穴と中髎穴であるが、きちんと説明した本もないようなので整理しておく。
八髎穴に関係する神経は、仙骨神経後枝、陰部神経、骨盤神経の3種類である。
1.次髎穴刺激の適応
整形ペイン疾患に関係するのは仙骨神経後枝で中殿皮神経(S1~S3)が上位3つの穴から出て、仙骨と仙骨外縁部の知覚を支配している。したがって、仙骨周囲の痛みがあれば、上髎~中髎への施術が必要であり、その代表穴は中央であるS2の次髎穴となる。
2.中髎穴刺激の適応
骨盤内臓疾患に関係するのは陰部神経と骨盤神経で、ともにS2~S4から出る。その中心はS3の中髎穴になる。
陰部神経は混合性の体性神経で、陰部の知覚とシモの穴(肛門や尿道)の括約筋をコントロールしている。したがって、脱肛、痔疾、尿道炎、膀胱炎、子宮脱などで陰部神経を刺激する治療が成り立つ。もっとも陰部神経をきちんと刺激するには、中髎穴刺激よりも、陰部神経ブロック刺針の法が適している。
骨盤神経は骨盤内臓器を副交感支配する神経である。骨盤内臓器はおおむね副交感神経が主支配しているので、骨盤内臓疾患(下部消化器、泌尿器、婦人科)に広く適応がある。