
<宝台院の本堂(葵区常磐町二丁目13番地の2)>


<お愛の方の墓>


<宝台橋はなくなってもバス停は「ほうたいばし」>


<門前の店:静岡風親子丼の元祖(?)中村屋は今川の時代からあるとか>
◆下魚町といったら「宝台院」でしょう。
かつて下魚町の通りのすぐ裏手から宝台院の境内地だったようです。
昔の地図を見ると(地図の縮尺が正確とは限らないが)1万坪はありそうです。
西からの旧東海道を安倍川を超えて駿府城方面に向かうとき、人宿町から七間町へ直角に曲がるのですが、
ここを曲らずにまっすぐ進むとそのまま宝台院参道(今は普通の道だが)となり宝台院正面に達します。
<新通一丁目→梅屋町→人宿町三丁目→藤右衛門町→常慶町→下魚町(宝台院)>
あたかも宝台院のために旧東海道の通る位置が選定されたかのようです。
格式を誇った宝台院も静岡大火(1940年)で焼失し
その後の区画整理により境内地の大方を失い(戦後は裏側を国道1号用地に削られ)
今ではほとんど本堂のみと言った感じです。
(大火で焼失前の本堂は国宝であった。)
なお、秀忠寄進の山門は
1932年に菊川市の応声教院という寺に移設されていたため
大火に合うこともなく今日でも見ることができるということです。
(寺院の財政状況で売却されてしまったのでしょうか?)


<宝台院あたりの図(参道には塔頭があったようだ)>
<写真は逆方向から(参道も今では普通の道)>

<寺院併設の幼稚園、少子化で来年春に閉園が決まっていて、現在は年長組だけとか>