七月末からチラホラと咲きだした百日紅が八月になると、どの枝も重たそうに赤い花穂をつけていた。ところが九月に入ると一時期の燃え上がる姿はなく緑が目立つようになった。今年は花期が短いような気がする。以前は車の屋根にへばりついた花穂を、洗い流すのに手を焼いていた。その車は今はない。
吉本隆明が87歳で死去して10年近くになる。1996年伊豆の海岸で遊泳中に溺れるという事故から回復した2年後に、角川春樹事務所から出版された「遺書」を読んだ。編集者のねらい通り、死、国家、教育、家族、文学についての吉本隆明の考えがうまく引き出されている。なにより会話体だからわかりやすい。
また「僕の考え方は、いわゆる大衆主義とは違います。自分の場所から、自分の場所の課題に大衆的な課題を繰りこんで、追求していきたいわけです。それによって、現在の閉塞した雰囲気の突破口が開けてくるという考え方です」あるいは「能力という考え方が嫌いです。自分を無能と規定しています。有能な奴と闘える無能がさしあたっての理想です」まれに見る有言実行の人でした。
「いいことを照れもせずいう奴はみんな疑ったほうがいいぞ」とけしかけたりしました。私はこう考えると時期を逃さず開陳するサービス精神の持ち主でした。「労働組合は市民に対するボランティア活動に徹すべきだ」「親鸞は現在の認識からいっても胡散臭いと思うことは何も言っていない」国家にも死があるという視点は新鮮でした。「先進国の課題は近代以降命脈を保ってきた民族国家をいつどうやって死なせたらいいのかということです」云々。