こうなのだという何かを、なぜかを考えさせずに思い込ませる手法は、人を育てることにも、反対に虐げることにもよく使われます。
基礎教育適齢時に覚えこまされたことは、忘れることができません。
社会の人ごみに揉まれたとき、それはそれ、これはこれとふるい分けができるように成長すれば、上手に忘れる能力もそなわります。
ふるい分けができずに、忘れることの下手な人は気の毒です。
恨みごとだけにしがみつく習慣を、国ぐるみもってしまえば、政治上最高の地位にあった人は、退位の後に必ず恨まれ断罪され、それが永遠に続く不幸から抜け出せません。
上手に忘れる能力は、発達し過ぎても厄介ごとの種になります。
日常生活で「あ、忘れた」ぐらいのことなら、「またか」でもすまされますが、国政、行政では「あ、忘れた」というわけにはいきません。
忘却度も、場合ばあいでほどほどでないと、XXX議員と呼ばれても、名刺に刷り込んだXXXが国会であることを忘れてしまいます。
XXXが国会であることを無視した行動には、忘却度などという言葉は当てはまらず、売国度~売国奴に読み変えなければならないことにもなります。