面は、被るものである。
面を被って何をするかというと、そのふりをする。
強い振り弱い振り、困った振り余裕の振り、がんばっている振りあそんでいる振り、かしこい振りあほな振り。
ふりをするというのは、市場の原則にも従うようだ。
そのふりに需要があると思っているからふりをする。
しかし、その本質は嘘の行動である。
獅子舞に子供たちが泣くのは、面によるふりをした嘘が、その下の優しいおっちゃんの本当の素顔を隠すからである。
普段からおっちゃんだと知っている子供は怖がらずに楽しんでいる。
つまりふりも面もどこかでは脱ぐものだから、あるスパン、行動や態度をしっかり見れば、なんのためのどういう理由でのふりかが理解できるかもしれない。
ふりをするのは、あくまでも相対的なものだから、一人でやっても意味は無い。
ひとはどうもふたつのふりをするようだ。
嘘のふりをした本当、本当のふりをした嘘。