(兎道朝暾図)
・・オーイッと呼(よば)わって船頭さんは大きな口をあいた。
晩成先生は莞爾(にっこ)と笑った。
今行くよーッと思わず返事をした。
途端に隙間を漏って吹き込んで来たつめたい風に燈火(ともしび)はゆらめいた。
船も船頭も遠くから近くへ飄(ひょう)として来たが、また近くから遠くへ飄として去った。
唯これ一瞬の事で前後はなかった。
・・大器晩成先生はこれだけの談(はなし)を親しい友人に告げた。
病気はすべて治った。が、再び学窓にその人は見(あら)われなかった。
山間水涯に姓名を埋めて、平凡人となり了(おお)するつもりに料簡をつけたのであろう。
或人は某地にその人が日に焦(や)けきったただの農夫となっているのを見たということであった。
大器不成なのか、大器既成なのか、そんな事は先生の問題ではなくなったのであろう。
-幸田露伴「観画談」より-
・・オーイッと呼(よば)わって船頭さんは大きな口をあいた。
晩成先生は莞爾(にっこ)と笑った。
今行くよーッと思わず返事をした。
途端に隙間を漏って吹き込んで来たつめたい風に燈火(ともしび)はゆらめいた。
船も船頭も遠くから近くへ飄(ひょう)として来たが、また近くから遠くへ飄として去った。
唯これ一瞬の事で前後はなかった。
・・大器晩成先生はこれだけの談(はなし)を親しい友人に告げた。
病気はすべて治った。が、再び学窓にその人は見(あら)われなかった。
山間水涯に姓名を埋めて、平凡人となり了(おお)するつもりに料簡をつけたのであろう。
或人は某地にその人が日に焦(や)けきったただの農夫となっているのを見たということであった。
大器不成なのか、大器既成なのか、そんな事は先生の問題ではなくなったのであろう。
-幸田露伴「観画談」より-