南無煩悩大菩薩

今日是好日也

考えに上らないことについて考えてみる

2018-04-10 | 古今北東西南の切抜
(quotes/Herman Kahn)

ロシアの元スパイ(セルゲイ・スクリパリ氏)に対し英国内で神経剤が使われたのを受けて、ロシア外交官の追放劇が欧米全体で展開されている。

皮肉なことにスパイの価値は、彼らが機密情報を「暴露した」時ではなく、彼らの正体が「暴露された」時に生じる。

「他にもスパイがいる」との疑心暗鬼が、諜報機関の力と、社会に対する市民の信頼を失わしめる。

スパイ活動は特定の秘密を探り出すのには有効だ。例えば原子爆弾の科学的構造などである。だが、敵対者の意図など、より重大な問題を解明する役にはめったに立たない。

例えば、80年代にはソ連のスパイも西側のスパイも、冷戦に終止符を打つべく、敵対する大国が協力を決断することを予見できなかった。

ともあれ、ほとんどの秘密はすでにどこかで明らかになっている。人目に付かない技術関連のウェブサイトや、読まれることのない学術文書の437ページにだ。

要するに、スパイが手に入れた情報が政府の政策に影響を及ぼすことなどまったくと言っていいほどない。

スパイの世界は宝物箱のようなものではない。それよりも、取り扱っている品々のことを経営者さえ覚えていない中古品の販売店に近い。

スパイは、2級のインテリジェンスを提供するだけで、そうした情報に価値があるわけではない。人々はその情報を手に入れる過程で生じる奇妙な秘密性に引き付けられるのだ。

ロシアは2016年、米民主党全国委員会のシステムに不正侵入して、やりとりされた退屈なメールを暴露したとされる。こうして得られた情報は恐らく、クレムリンによる米国分析に何ら影響を与えなかったとみられる。

このハッキングが重大事件となったのは、ロシアが、取得した情報を(ウィキリークスを通じて)公にしたからだ。

騒動に至るまでのその続きは米国のメディアがすべて担った。ロシアは、単なる情報収集を情報戦争に格上げしたのだ。

このハッキング事件が米大統領選挙を揺るがしたことは間違いない。そして(ロシアの意図に反して)ロシアの役割が明らかになったことで、米国人の間にある亀裂をさらに深めた。

さて、すでに退職した二流の二重スパイであるスクリパリ氏が襲われたのはなぜか。ロシアの最大の意図は、次のようなメッセージを英国人に送ることにあった。

「あなたの国で我々は、罪に問われることなく殺人を犯すことができる」と。

これは、英国内で暮らすロシア人有力者に対する、「我々はあなたを殺せる」とのメッセージでもある。

人々はスパイに魅せられるため、メッセージは確実に届く(これまでも英国で、スパイではないロシア人が不可解な死を遂げる事件が何度かあったが、そうした事件はほとんど注意を払われることがなかった)。

偏執狂的な不安を社会に広めるロシアの情報操作は、より巧妙なものになっている。ロシアにおけるスパイ活動は、海外における他の行動と同様、広報活動の一環を成している。スパイは今日、暴かれることを前提としているのだ。

-切抜/Simon Kuper©Financial Times,2018 Mar.24「日経ビジネス/世界鳥瞰」より
コメント (2)
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