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楽観的な思考をすると、脳の活動が明らかに上昇する器官が二つありました。一つが扁桃体で、情動を制御する小さな器官でした。もう一つが帯状回前皮質で、情動と動機づけをコントロールする組織でした。楽観的な人ほど、この二つの器官のつながりは強く、うつ病ではこの二つの働きが異常に低下しています。
楽観的な思考を担う三つ目の器官が、線条体の一部である尾状核です。将来に何か良いことが待っていると、尾状核が率先して脳全体に知らせます。待ち構えていた報酬が実際に手に入ると、その事実が脳全体にセットされて、次を期待する前向きの姿勢はいよいよ強くなります。このような脳の仕組みによって、脳全体としては、楽観的な見通しを持つ情報をより強く掴み取り、悲観的な情報は素通りするようになっているのです。
しかし希望を見出す脳の機能のタガがはずれて、もはや妄想の領域に入り込み、抜け出せなくなった精神障害があります。ギャンブル障害という病気です。開業して12年目になり、私の診療所を初診したギャンブル障害の患者さんは700人近くになりました。家族だけの相談も160人を超えています。
ギャンブル障害の本質は、「同じ行為を繰り返しながら、違う結果を期待する」です。
パチンコ店のスロットを例にとると、行われているのはスロットマシーンのレバーを押すという行為です。頭でレバーを押そうが、足の指で押そうが、大した差はありません。休みの日に朝からパチンコ店にいって頑張っても、やはり同じ行為です。今までは元手が少なかったので、今度は20万円の軍資金を借金で用意しても、レバー押しという行為は変わりません。
それなのに、今度は絶対勝ってやる、勝ちそうな気がすると思うのです。これまで20年30年とスロットをしていて、もう5百万も一千万負けているのですから、これから先どうあがいても、長い目で見て勝てないのは明らかです。
しかも一方で、ギャンブル症者には、「ギャンブルで作った借金は、ギャンブルで返さなければならない」という妄想じみた思い込みがあります。借金はギャンブルでは負けるという事実の証拠ですから、天と地がひっくり返ったところで、ギャンブルでの返金は不可能なのです。
こうしたギャンブル症者の脳の活動を、脳画像検査で検討すると、「勝ちにも負けにも鈍感になっている」という結果が出ました。これは実際の臨床像と見事に一致します。競馬でいえば、10万円買っても何の嬉しさ、興奮もありません。百万円損しても、衝撃はなく、蛙の面に小便です。ですからギャンブル症者は、必然的に穴ねらいになります。手堅い馬は選びません。穴ねらいですから、やはり負ける確率も高いのです。
これはギャンブル症者の脳の報酬系が、ギャンブルによって歪められ、壊されてしまっているからです。その脳機能を回復に向かわせるには、多大の努力と時間が必要なのはいうまでもありません。
-切抜/帚木蓬生「ネガティブ・ケイパビリティ」より
楽観的な思考をすると、脳の活動が明らかに上昇する器官が二つありました。一つが扁桃体で、情動を制御する小さな器官でした。もう一つが帯状回前皮質で、情動と動機づけをコントロールする組織でした。楽観的な人ほど、この二つの器官のつながりは強く、うつ病ではこの二つの働きが異常に低下しています。
楽観的な思考を担う三つ目の器官が、線条体の一部である尾状核です。将来に何か良いことが待っていると、尾状核が率先して脳全体に知らせます。待ち構えていた報酬が実際に手に入ると、その事実が脳全体にセットされて、次を期待する前向きの姿勢はいよいよ強くなります。このような脳の仕組みによって、脳全体としては、楽観的な見通しを持つ情報をより強く掴み取り、悲観的な情報は素通りするようになっているのです。
しかし希望を見出す脳の機能のタガがはずれて、もはや妄想の領域に入り込み、抜け出せなくなった精神障害があります。ギャンブル障害という病気です。開業して12年目になり、私の診療所を初診したギャンブル障害の患者さんは700人近くになりました。家族だけの相談も160人を超えています。
ギャンブル障害の本質は、「同じ行為を繰り返しながら、違う結果を期待する」です。
パチンコ店のスロットを例にとると、行われているのはスロットマシーンのレバーを押すという行為です。頭でレバーを押そうが、足の指で押そうが、大した差はありません。休みの日に朝からパチンコ店にいって頑張っても、やはり同じ行為です。今までは元手が少なかったので、今度は20万円の軍資金を借金で用意しても、レバー押しという行為は変わりません。
それなのに、今度は絶対勝ってやる、勝ちそうな気がすると思うのです。これまで20年30年とスロットをしていて、もう5百万も一千万負けているのですから、これから先どうあがいても、長い目で見て勝てないのは明らかです。
しかも一方で、ギャンブル症者には、「ギャンブルで作った借金は、ギャンブルで返さなければならない」という妄想じみた思い込みがあります。借金はギャンブルでは負けるという事実の証拠ですから、天と地がひっくり返ったところで、ギャンブルでの返金は不可能なのです。
こうしたギャンブル症者の脳の活動を、脳画像検査で検討すると、「勝ちにも負けにも鈍感になっている」という結果が出ました。これは実際の臨床像と見事に一致します。競馬でいえば、10万円買っても何の嬉しさ、興奮もありません。百万円損しても、衝撃はなく、蛙の面に小便です。ですからギャンブル症者は、必然的に穴ねらいになります。手堅い馬は選びません。穴ねらいですから、やはり負ける確率も高いのです。
これはギャンブル症者の脳の報酬系が、ギャンブルによって歪められ、壊されてしまっているからです。その脳機能を回復に向かわせるには、多大の努力と時間が必要なのはいうまでもありません。
-切抜/帚木蓬生「ネガティブ・ケイパビリティ」より