巨なき熱と力を持ちたいと思う。
願わくば、思想・言語・行為において自らを超越してみたいと思う。
虚なき熱と力のこと。
驚きからの絶えざる飛翔とでもいえようか?
ハンペンがプルルンと震えるような動機が欲しくなる。
チロチロと燃える種火に似てはいても、その熱は追従を許さない。
反骨と信念と不羈の熱と力を持ってみたいと思う。
広目天は、書物というイコンを握り締めその意志を現しているように見える。
わたしは、いったい何を握り締めているのだ。
あんなに夢中になったことでさえ、醒めてしまえばどうよ?
辛くて堪らなく切なかったことが、何事も無く水洗トイレのように綺麗さっぱり流れてしまうんはなんでさ?
時は流れる。時間という喪失プログラム。かなり有効な薬効だ。
「時は私にめまいだけを残していく」と小椋圭さんは歌ってはったなぁ。
時は流れる。時間という生育プログラム。かなり有効なビジョンだ。
「時の過ぎ行くままにこの身を任せ」とジュリーさんは歌ってはったなぁ。
・・・。
ゼリーは本当にゼリーなのか?
甘ったるいだけの西洋式トコロテンではないか。
現実と夢想との差はなんだろう。
私はゼリーなんぞは口にしないからゼリーは実在しない。あっても無いのである。
トコロテンは実在するけれども、ゼリーはトコロテンではないから、私にとっては、無いものがあるのである。
・・・。
河童は夢想の産物で現実にはいない。とはいえない。
日本全国に河童伝説は存在する。
「しばてん」「えんこう」等等、呼び方は様々だが、プロトタイプはほぼ同じ。
人が何らかの意図を持って作り出したとしても、その姿は具現化され親しまれ、我々の認知の中に存在している。
意識しているということだけで、とりもなおさずありもしないことではなくなる。
それが現実か、夢想かは、意識下の問題でしかない。
忘れてしまう前の苦悩や、出会う喜びまでの不安と同じこと。
あればある。なければない。
道端の2体の河童の石像の現実のたたずまいが、そんなことを夢想させる。
私は強く惹かれた。うつつであった。
ただそのときに私がどんな気持ちを抱いてカメラに収めたかについて、夢のような確信が今はもうない。
ゆめうつつ。
・・・。
ウォントビーロング。
・・・。
月までの距離38万キロ。
足下の鈴虫との距離380ミリ。
禿頭の円周38センチ。
んなもんか。
そういえば。高橋是清さんだったか、渋沢栄一さんだったか、誰だったか言ってたよなぁ。
「人生活発の気力は、物に接せざれば生じ難し。自由に言わしめ、自由に働かしめ、富貴も貧賎もただ本人の自ら取るに任して、他よりこれを防ぐべからずなり。」
嘘から本当。瓢箪から駒。
鳶が鷹を産んだりしちゃったりして。
そういえば。月の土地を売っているらしいなぁ。
あんなもん買ってどないするんやろ。
空気ありまへんで。
月とすっぽん。月の輪熊にまたたび。
人参ぶら下げられて走る馬鹿蝶。
そういえば。花札しばらくしていない。
ピンきりだよなぁ。
ピンは最初できりが最後。きりが最高でピンが最低。ぴんが一位できりがげっぴ。
なにをもってよしとするかはひとそれぞれ。
ピンで生きる。と描いてピンナップでもしとくか。
そんなこんな浮かんできりはない。
月も浮かぶわなぁ。
6年の次は7年。
38万キロは、遠いか近いかと考えるようなもの。
さ。やるか。月見で一杯。
晴れるかなぁ。
頭、アブに刺されてはれている。
蜂にも刺されて虻蜂取らずはあかんわな。
あさって晴れるといいやね。
雨でもええけど。
台風かも知れんなぁ。
うまいことをいいおって。
一言でいえば済むものを、ああでもないこうでもないとごたくを並べよる。
いったい何がいいたいのか聞くにしんどくなるころをみはからって、妙な理屈で有耶無耶にする。
最初は頼んでおいて、都合が悪くなると鴨のせいにして、さっさと逃げおる。
本人はその気がなくても中身の無い虚業よの。
浅はかな知恵には長けておるが、狭い了見だけにそれに気付かず、一人悦にいっておるわい。
本物のプロフェッショナルであればの。鴨には後にも先にも気付かれないように、細心の注意とサービスをして、鴨が幸せな気持ちで騙されて喜んでいるくらいでなきゃいかん。
仕掛けも実際も利益もちゃんと整えられないようでは、それをするだけの資格はあるまい。
わが身を惨めにするだけのこずる賢いだけの半端者にだけは、なるでないぞよ。
騙すなら、徹頭徹尾心から愛と情をもって、鴨が幸せになるように騙してやるのが誠意大将軍というものじゃ。
立場もわきまえんと鴨を食い物にしたり、どんだけえらいか知らんが、人を小ばかにして見え透いた嘘や出任せをさも正当のように飾り付ける傍若無人。
反省も学習もない、三流詐欺師が跋扈する世はいかにも品位が落ちる。
そんな小者はもうそろそろ全員公務員の資格を与えて、お国のために前線に送ってはどうかの。
戦地復旧とか、砂漠緑地化とか、地雷処理や、養殖マグロのえさなんぞでの。
税金も納め甲斐があるわいのう。
真面目に朴訥に公の為に尽くしておる人はじゃ、ひとつこやつらのためにも、一流の詐欺師になることを考えてもええんじゃないか?
世の為になる。これが本物の詐欺よ。
おお。立派立派。そこまでされたら、喜んで許そう。
いかんことではあるが、それはそれで世の中には必要かも知れん。
詐欺にも、松竹梅はあるじゃろう。
・・・。
・・あの。写っているのは、鷺ですけど。。
なぬ?鴨かも知れんとは思うたが、サギか。
松の詐欺師。ではなく、松に鷺氏か。
そりゃ。喰えんのう。
・・・。
あ!っとおどろくためごろう。
ほれほれ。わしが鬼瓦じゃ。
恐れ入ったか、太鼓持ち。
ははは。お!美人じゃ!
目ん玉飛び出したわい。
それ。もそっとこちらへ。
怖がらずとも喰いはせん。
え!出っ歯がファニーじゃと。
それ。喰えるんかい?
それしきのこと。
天狗になるでないぞよ。
ロングヘアーの鬼瓦は珍しかろう。
毛根がしっかりしておるのじゃ。
ははは。
お!色男じゃ。
どうじゃ。わしと比べてみんか?
え!外はねがファニーじゃと?
それ、喰えるんか?
その男は、自分が背負った鬼子母神に魅入られていた。
それこそ、途方に暮れて。
歳は40に8つぐらい手をつけたところだろうか。
ばあ様の腰紐で、袈裟懸けにして背負った鬼子母神の顔をどうしてもかえりみることが出来ず、前を見て歩くたびにため息を吐く。
「この首が後もう少し回れば、納得できるはずであろうが。」
何度か振り返ってはみたものの、背中も一緒に回るだけであった。
男は前を見て歩くしかなかった。
・・・。
じい様が鬼籍に入ったのは、60と9つばかりが重なったとき。
その男は、いまわの際のじい様の言葉を思い出していた。
「もしもぞ。その顔を拝めるとすればぞ。朱(あか)い橋を渡らにゃならん。」
・・・。
背中の鬼子母神の所為なのかどうか、男は未だ独り身であった。
確認をして納得することはたやすい筈だと男もおもっている。
「ばあ様の腰紐を解けば済む。」
しかし、男には出来なかった。
魅入られたものにそんな勇気は無い。
「慈愛の母子か。人を食う鬼か。」
男は、自分に苛立ちながらも、彷徨い歩くことに身を委ねた。
約束の地は突然に唐突にやって来る。
山が2つで峠が2つ。平原に湖を1つ。丘を一つで森を抜け、沼に出た。
かまわず踏み入れ、おもわず沈み込む足をひきずり進む。
突然視界が割れた。
その向うに広がる河をみた。
「朱い橋じゃないか。」
男は、じい様の言わんとしたことを理解した。
青白かった男の顔に、朱が射した。
・・・。
背負っていたのは、鬼子母神ではなかった。
その背中に居たのは、男自身であった。
ばあ様の腰紐は解けた。その男と男自身は並んで、朱の橋を渡った。
首は回りそうだったが、男はもう振り返らなかった。
・・・。
その後の男の消息はわからずじまいとなった。
鬼子母神を背負ったその男が、肩の荷を降ろした経緯も。
朱い橋の話の意味も、その男と共に忘れ去られた。
・・・。
・・・。
いや。また。失礼いたしました。
さるまた。しっけい。
おもいおもいの人生でござますなぁ。
ご同輩。
人を笑わすのが商売の人々がいる。
「笑わすのは良いけれど、笑われてはいけない」
とどこかで聞いた。ん。名言だ。
コメディがトラジディになるのだろう。
喜劇が悲劇になり。悲劇が喜劇に変貌する。
そのような現象がまま起こることが、人生を彩りあるものにしている。
悲劇を演じようとすればするほど、喜劇になる。
笑われることに、慣れればなれるほど、悲劇だ。
笑いはいつ嗤いに変貌するかわからない。
多分悲劇を演じきれるのは、喜劇に精通した人間だけではないだろうか。
その逆もしかり。
そこにある。ここにある。あれ。これ。それは。
コメか。トラか。
・・・。
太宰治さんの。人間失格には、その節がある。
人は。
人生は。
コメかトラか。
・・・。
身の丈にあったことをしていながら失敗して笑われるのはコメディ。
身の丈をわきまえず失敗して笑われるのはトラジディ。
商売に関してはそんな気がする。
・・・。
ついつい呑みすぎて、大トラになる小生。
よせば良いのになぁ。
やめられない。とまらない。
止め処の定まらないこの体質。
どう仕様もない。こう仕様もない。
喜劇だろうか。悲劇だろうか。
今日も泣き笑い。
・・・。
コケっこッコー!
クックルトゥルトぅルトゥー!
チュン!チュン!チュン!
東の国が見た夕日が、西の国の見るご来光となる。
目覚めよ人。目覚めよ国。
始まりの予感に胸が騒ぐ暁朝。
雲が晴れるのか。覆うのか。
予断を許さぬ一日の始まり。
流れる水の如くの我輩なりしか。
晴れても曇っても雨でもなんでも。
こっぱずかしいが。言ってみるか。
わしが。やったる。
もうじき。陽が昇る。
たれそかれは?
たそがれ時。
黄昏。
肩を落としてとぼとぼと。帰る黄昏親父・・。
いかんいかん。胸を張って行こう。赤提灯が眩しい時刻。
町の喧騒に紛れ込み、隅のカウンターで思案橋。
誰そ彼は。
禿親父。
涼しくなると、温もりが恋しくなる。
黄昏時になると、落ち着く場所が恋しくなる。
こにくたらしいが。言ってみるか。
わしが。悪かった。
もうじき。陽が落ちる。
及ばざるが如し。
・・・。
禿たるは。泳がざるが如し。
・・・。
ちとちがう。
・・・。
身の程知らず。の。足るを知らぬを戒めに。
ふるちん。で泳いでみたのであります。
・・・。
うん。わたしは、自由だ。
・・・。
ふぇ・ ふぇっ・。 ふぁっくしょん!
・・・。
過ぎたるは、及ばざるが如し。
馬鹿な考え休むに似たり。
鳥も鳴かずば撃たれまい。
・・・。
愚禿にはよい戒めのようでございます。
ヒトガイヤガルコト。
ゴマカサレルコト。
シハイサレルコト。
ナメラレルコト。
ケッテイケンヲウバワレルコト。
ゴカイサレルコト。
カマエル。
惜しむ。からではない。
守る。ために立ち上がる。構える。
生き物は、そっと触られると構える。不安定さに構える。
圧力をかけ、ギュッと抱きしめると素直になる。という。
恐る恐るは。伝播するのだ。
構えさせたくなければ。
シハイショウトシナイコト。
ゴマカソウトシナイコト。
アマクミナイコト。
ソンチョウスルコト。
攻撃する為に構えるのではない。
ドキドキだから構えるのだ。
カマキリ。カマエタ。
カマエル。カマキリ。
構えさすほうも。構えるほうも。
本意ではない。ことは多い。