台風が関東地方を直撃した昨晩。こんな日に無事家にたどり着いたのだろうか、と一人暮らしの娘に思いを馳せる。
東京で一人暮らしを始めた1年目の秋、同じ様に台風が直撃した。悪天のなかかろうじて走る電車でようやく帰り着き、さて改札を出ようとしたら,定期がない。乗った時はあったのに,どこをさがしてもない。しばらくそこであたふたしたあげく、「じゃ,始発駅から払って」と事務的に言われ,学生にとっては「大金」となる運賃を支払いようやく改札を出ることができた。一人改札で取り残されたこと。本当はなくしたのではないだろう、といわんばかりの駅員の冷たい対応。一体どこでなくしたのだろうかという思い。全てにフタをするかの様に、一刻も早く改札を離れたい思いからジャンプ傘を開き歩き出したその瞬間。
傘は強風にあおられた。歩き出したそこは嵐の中だった。手離すまいと握りしめた傘は一瞬にしてひっくり返り,ひん曲がる。体ごと持って行かれそうになり、あわてて改札向かいのビルにかけこんだ。一息ついてふと見回すと、そこには群衆が。嵐で立ち往生した乗客が改札回りで足止めされていたのだった。なんとその中に、まるで素人が飛び入り参加でステージにあがるように、一人傘をさして歩き出した状況であることがわかった。そういえば、嵐に吹き飛ばされそうになり,傘が手からもぎ取られる時、「あー,あの人」と叫んだ女子高生の声が耳に残っている。
観衆の目。そして路上に散乱する我が傘の残骸。落ちた傘に雨が叩き付ける。もう一歩もそこから足を踏み出せなかった。次の電車が到着し、さらに観衆が増え、自分の前にもう一層の観客の輪ができ、それまで浴びせられていたスポットライトははずされ、ようやく観客の一人になることができたけど、こんな中傘を持たない人は,自分以外いない。
そこでどれだけ立ち続けたことだろう。嵐が少し収まるとポツポツと人が帰り始めた。でも雨は相変わらず強い。もはや傘がない。この中をずぶぬれで帰るのはあまりにも惨めである。嵐の収まりを待ち動き出した群衆にまぎれ、もう一度改札前にたどり着き、そこから駅北口に向かう。こちら側にまわれば、もう先程の醜態を見ていた人の目から逃れることはできる。目の前で無惨な姿をさらしている自分の赤い傘から離れることができる。
北口に回っても、外は相変わらずのどしゃぶり。傘はない。どうしたものかと思案していると,後ろから男の人が「だいじょうぶ?途中まで一緒に帰ろう」と言い、その人は肩を抱く様にしてグイグイと歩き出した。その人は誰が見たって,かなりのイケメン。その瞬間,回りの女子高生,おばさん達の羨望の目が注がれた様に感じた。定期をなくし、嵐に飛ばされそうになり、この世で立った一人だった自分が、ようやく何かに拾い上げられた瞬間。一つの傘に入り歩くその間、その人の質問に答える様にして会話する。その人は自分が勤めるという美容院の前まで来ると、「この傘、そのまま持って行っていいよ。返さなくていいよ。」そして店へと続く階段を駆け上って行った。
傘は男物で,大きくしっかりした重たいものだった。その重みを感じながら、もう全身ずぶぬれになりながらようやくアパートにたどり着いたのだった。
こんな目に遭っているんじゃなかろうか。
「無事帰れた?」と電話すると、「うん」と一言。「じゃあね」「うん」
東京で一人暮らしを始めた1年目の秋、同じ様に台風が直撃した。悪天のなかかろうじて走る電車でようやく帰り着き、さて改札を出ようとしたら,定期がない。乗った時はあったのに,どこをさがしてもない。しばらくそこであたふたしたあげく、「じゃ,始発駅から払って」と事務的に言われ,学生にとっては「大金」となる運賃を支払いようやく改札を出ることができた。一人改札で取り残されたこと。本当はなくしたのではないだろう、といわんばかりの駅員の冷たい対応。一体どこでなくしたのだろうかという思い。全てにフタをするかの様に、一刻も早く改札を離れたい思いからジャンプ傘を開き歩き出したその瞬間。
傘は強風にあおられた。歩き出したそこは嵐の中だった。手離すまいと握りしめた傘は一瞬にしてひっくり返り,ひん曲がる。体ごと持って行かれそうになり、あわてて改札向かいのビルにかけこんだ。一息ついてふと見回すと、そこには群衆が。嵐で立ち往生した乗客が改札回りで足止めされていたのだった。なんとその中に、まるで素人が飛び入り参加でステージにあがるように、一人傘をさして歩き出した状況であることがわかった。そういえば、嵐に吹き飛ばされそうになり,傘が手からもぎ取られる時、「あー,あの人」と叫んだ女子高生の声が耳に残っている。
観衆の目。そして路上に散乱する我が傘の残骸。落ちた傘に雨が叩き付ける。もう一歩もそこから足を踏み出せなかった。次の電車が到着し、さらに観衆が増え、自分の前にもう一層の観客の輪ができ、それまで浴びせられていたスポットライトははずされ、ようやく観客の一人になることができたけど、こんな中傘を持たない人は,自分以外いない。
そこでどれだけ立ち続けたことだろう。嵐が少し収まるとポツポツと人が帰り始めた。でも雨は相変わらず強い。もはや傘がない。この中をずぶぬれで帰るのはあまりにも惨めである。嵐の収まりを待ち動き出した群衆にまぎれ、もう一度改札前にたどり着き、そこから駅北口に向かう。こちら側にまわれば、もう先程の醜態を見ていた人の目から逃れることはできる。目の前で無惨な姿をさらしている自分の赤い傘から離れることができる。
北口に回っても、外は相変わらずのどしゃぶり。傘はない。どうしたものかと思案していると,後ろから男の人が「だいじょうぶ?途中まで一緒に帰ろう」と言い、その人は肩を抱く様にしてグイグイと歩き出した。その人は誰が見たって,かなりのイケメン。その瞬間,回りの女子高生,おばさん達の羨望の目が注がれた様に感じた。定期をなくし、嵐に飛ばされそうになり、この世で立った一人だった自分が、ようやく何かに拾い上げられた瞬間。一つの傘に入り歩くその間、その人の質問に答える様にして会話する。その人は自分が勤めるという美容院の前まで来ると、「この傘、そのまま持って行っていいよ。返さなくていいよ。」そして店へと続く階段を駆け上って行った。
傘は男物で,大きくしっかりした重たいものだった。その重みを感じながら、もう全身ずぶぬれになりながらようやくアパートにたどり着いたのだった。
こんな目に遭っているんじゃなかろうか。
「無事帰れた?」と電話すると、「うん」と一言。「じゃあね」「うん」