今日は、昨年8月末に菏澤に来て以来初めて、
一人の学生と9時間半にも及ぶ長話をしました。
宿舎に遊びに来た兎さん(今日は仮りの名:パッと見ウサギさんを想起したので)は、
正確に言えばもう卒業生です。
前の大学でも1年目は政治の話はかなり気をつけていましたが、
この学校でも、それは同様で、授業中も合間にも中国の政治・社会の話はしていません。
その反動でしょうかね、
今日はマン・ツー・マンで話ができたのと、
もう卒業したという気楽感があって、
話題はあちこちに飛びまくり、そういう話も好き放題しました。
それで、(ああ、やっぱりここでも・・・)と再確認したのが、
①2010年ノーベル平和賞の受賞者劉曉波さんのことを知らない、ということ。
(中国人が受賞したという事実も知りませんでした)。
②1989年の天安門事件も知らないということ。
当然、劉曉波さんが天安門事件の「四君子」の一人であることも知りませんし、
現在、遼寧省の監獄に入れられていることも、
連れ合いが北京の自宅で軟禁状態であることも、
ま~~~ったく知りませんでした。
しかし、彼女は文化大革命であまりにも多くの中国の知識人、芸術家、活動家が
自殺に追い込まれたり、謎の死を遂げたりしたことは知っていましたし、
それは中国人ならみんな知っているということです。
そして、
「四人組」のうち江青を含め三人までが、ここ山東省出身だということは、
彼女から聞いて初めて知りました。
「山東省人として情けない」と彼女はうつむきつつ言い、
周恩来と鄧小平が中国の恩人だとも語りました。
更に話は彼女のお祖父さんのことになり、
元軍人のお祖父さんの写真を見せてくれました。
中国で72歳と言えば立派なお年寄りですが、写真のお祖父さんは
颯爽として、しかも洒落男でした。
父が国民党員だったので、
御祖父さんの軍隊での地位はとても低くて、いつまでもうだつが上がらず、
結局辞めてしまったとのことです。
今では、菏澤市に属する県で自分の家族が食べる分の
野菜を作り(お祖父さん手作りの乾燥ピーナッツが今日のお土産でした)、
中学生の孫のご飯の支度など世話をしているそうです。
国民党員だった人の家族や遺族は、中国全土に多くいます。
私が知っている学生たちの中にも自分の祖父母、曾祖父母が、
国民党員だったことで、その子供や孫たちが多大なマイナスの影響を受けたという話は
何度か聞いています。
菏澤学院の学生たちは、政治に対する関心が非常に薄いという印象でしたが、
やはり、「物言えば唇寒し秋の風」が作用しているんだなあと思い直した日でした。