拙ブログで以前書いた記事を確認するため「チャイコフスキー」と入力して、このブログ内を検索した結果、驚きの記事を発見!
自分で書いたのも忘れていた2009年2月7日の記事。
「チャイコフスキーの交響曲を流しながら、本日2杯目のコーヒーを、牛乳たっぷり入れて飲んでいる」と書き出していたため、検索にヒットした模様。
「結婚について、最近、話すことが多くなった。飲み会の席なんかで話していると、ついつい、カウンセリングモードに入ってしまう。どこぞの、「自称恋愛カウンセラー」という、危ない人とは違い、飲み会のワイワイしたなかでの雑談である」ということで、当時、私は飲み会の席で、カウンセリングをやっていたようです。「自称恋愛カウンセラー」っていうのは、産能の時の同期の女性。彼女に恋愛カウンセリングしてもらうと、まとまるものもまとまらないのでは・・・と危惧していましたが、今では、誰もが知っている企業のカウンセラーとして頑張っているようです。
「わたくし事で申し訳ないが、このブログの常連さんなら「幾度となく聞かされた」であろう、埼玉は東武東上線の鶴瀬駅改札前で1994年4月23日の9時10分ごろ、偶然に家内とバッタリ出会わなかったら、きっと私は独身か、あるいは別の女性と結婚していたと思われる。」と時間まで書いている!そうか、9時10分なんだ!すっかり忘れていた。10年前の記憶では「独身」か「別の女性と結婚」の二者択一だったのね。でも、それって、限りなくMECE(漏れなくダブりなく)だと思うのですが・・・
「家内は大宮の手話の講習に行くために友人と待ち合わせをしていた。日にちを間違えた上に、8時の待ち合わせ時間から、ず~っと1時間以上も友人を待っていたそうな・・・」ここが本当不思議。家内の性格からすれば、こんな凡ミスするはずがないのに。よくよく聞くと、1時間待って、友人がこなかったので、公衆電話(当時スマホも携帯もない)で、母親に電話をしてから帰ろうとした際に、私とばったり遭遇したそうです。その電話をしていなければ・・・タッチの差で、家内と遭遇しなかったわけで。
「私は、当時東京に住んでいたが、前にいた鶴瀬の独身寮で同期とマージャンをして、鶴瀬の理髪店で髪を切って、東京に帰る途中であった」そして、ボランティアの手話の講習に行こうとする家内のモチベーションの高さに比べ、私は同期と麻雀した帰り。麻雀は勝ち逃げ厳禁なので、負けていれば徹夜での麻雀はありえず前日に帰宅。そして、散髪に行かなければ、家内とばったり会うこともなかった・・・
今となっては、すべてが必然なのですが、こんな偶然をいくつも積み重ねて、巡り合った家内。「当時、「運命の赤い糸」って信じていなかったが、今は、その糸の存在を信じてやまない」と言っていますが、今振り返っても、運命の赤い糸以外の何物でもないと思っています。
そんな出会いで結婚して25年。その家内と明日1ヵ月ぶりに再会します。